実用性からデザイン性へ

この連載でも何度か触れたが、日本の文房具の特徴のひとつは、もともと実用品だった文房具が、徐々にデザイン性や華やかさを重視するようになってきた点にある。

もちろん、今でも実用性は大事だ。だが、実用性以外にも文房具を評価する新しい価値が加わったということだ。

ところが最近、実用性でもデザイン性でもない、新しい価値観が生まれている。それは「快適さ」だ。

滑らかさを追求したボールペン

きっかけのひとつは、三菱鉛筆のボールペン「ジェットストリーム」(2006年)だろうか。油性にもかかわらず滑らかな書き味を実現したジェットストリームは、大ヒット作になった。

「なめらか」というのは実用性ではない。滑らかでも、そうでなくても実用の上では問題はないからだ。かといって、デザイン性でもない。

では何かというと、「快適さ」ではないだろうか。滑らかなボールペンは明らかに心地よく、快適だ。それを前面に押し出したのがジェットストリームだった。

  • 三菱鉛筆のボールペン「ジェットストリーム」

快適な文房具たち

ジェットストリームのヒットからずいぶん経つが、近年、快適さを売りにした商品が増えているように思う。

トンボのテープ糊「ピットエアー」もその一つ。これは軽い引き心地と静粛性を前面に出した商品だ。引き心地も静粛性も、直接は実用性とは関係ないのだが、そこをアピールしているのだ(ちなみに、実際に使うと本当に静かで驚く)。

  • トンボのテープ糊「ピットエアー」

芯のブレを抑制したゼブラのシャープペン「ブレン」も同じ。ゼブラは「筆記ストレスの低減」を掲げているが、これはまさに快適性だ。

  • ゼブラのシャープペン「ブレン」

実用性がアップデートされたもの?

快適性は、実用性・デザイン性に次ぐ第三の価値観だと書いたが、正確には、実用性の延長線上にあるととらえてもいいように思う。

服に例えて考えてみよう。服の実用性は防寒や身を守る機能だが、高級な服になるほど肌触りや着心地といった快適さも重視するようになる。だが、快適さは実用性を満たしていることが条件なので(ものすごく寒いが快適なコート、というのは考えにくい)、その意味では、実用性が姿を変えた価値観ともいえるかもしれない。

ペンの書き心地も、インクがかすれないとか、軸が握りやすいといった実用性の先にある価値だ。ということは、快適さが注目されるようになったのは、実用性が行きつくところまで進歩した結果なのかもしれない。

服や自動車を含めたほとんどの道具類は、最初は実用のために生まれたものだった。だが、ある段階からじょじょにデザイン性を獲得し、さらには快適さを重視するようになった。

たぶん、これはモノの発達の普遍的な流れだ。ならば文房具がその後を追うのは自然な話ではないだろうか。