知識は豊富なのになぜか相手に伝わらない……一生懸命頑張っているのに全然成績が上がらない……。そんな悩めるビジネスマンのみなさん、「行動心理学」を仕事に取り入れてみませんか? この連載では、仕事に使える8つの理論をマンガで分かりやすくご紹介しながら、名古屋大学大学院情報学研究科・教授の唐沢穣先生に解説していただきます。
1:5の法則
第6回は「1:5の法則」。新規顧客の開拓よりも既存顧客を大切にすると効率が良くなる?
唐沢先生の解説
「既存の顧客を相手にする時にかかるコストや労力に比べると、新規顧客を開拓するのには、その5倍が必要」というのは、マーケティングなどの世界で昔から語り伝えられている法則だと聞きます。もっとも、なぜ「5倍」という数字なのかというと、何かを正しく計った結果というわけではなく、人の直観に訴えやすい表現というのが、実際のところのようです。
ただこの警句には、「既存の顧客を大切にせよ」「お得意様だからこそ、甘く見るな」といったメッセージが含まれているのは確かでしょう。
すでに取り引きのある顧客、つまりリピーターのメリットとは、言うまでもなく、こちらの良いところを知っていてくれるということです。人間は、人であれモノであれ、自分が選んだという意識が強い対象には、少々気に入らないところがあっても、それに目をつむって、「いや、これでなければならなかったんだ」と自分を納得させようとするところがあります。自分の選んだものが、価値のないものだということになれば、人目に対してだけでなく、自分自身にとっても間尺に合わない不都合なことになるからです。
これがうまく噛み合うと、一度自分(自社)が選んだ取引先であれば、自身を納得させるためにも、取り引きを続けようと向こうからやって来てくれる可能性が高くなるのです。「お試し期間」が功を奏するのも同じ理屈です。お試しであれ何であれ、一度使ったという選択が、「続けもしないものを自分が選んだはずがない」という心理で本契約へとつながりやすくなります。
もちろん、こんなおいしい話ばかりが、常にあるわけではありません。一度選んでみて、ひどい代物だということが明らかになれば、もうリピートはないでしょう。「5倍」とまで言われるコストを払って獲得した顧客であれば、不満を持たせることがないように注意して、長い関係を保ちたいものです。
唐沢穣先生プロフィール
名古屋大学大学院情報学研究科心理・認知科学専攻教授。
京都大学文学部心理学専攻を卒業後、カリフォルニア大学ロサンジェルズ校にて大学院博士課程修了。
偏見、ステレオタイプ、善悪の判断などに関わる、人間の思い込みや錯覚を科学的に解明する研究を中心とする社会心理学を専門とする。近著に「責任と法意識の人間科学」(共編著/勁草書房)、「偏見や差別はなぜ起こる? 心理メカニズムの解明と現象の分析」(共編著/ちとせプレス)など。
イラスト=タカハラユウスケ