知識は豊富なのになぜか相手に伝わらない……一生懸命頑張っているのに全然成績が上がらない……。そんな悩めるビジネスマンのみなさん、「行動心理学」を仕事に取り入れてみませんか? この連載では、仕事に使える8つの理論をマンガで分かりやすくご紹介しながら、名古屋大学大学院情報学研究科・教授の唐沢穣先生に解説していただきます。
ウィンザー効果
第5回は「ウィンザー効果」。何よりも説得力を持つ言葉とは……?
唐沢先生の解説
新しく時計を買おうと思っているあなたが、A社のものにしようか、B社のものにしようか迷っているところを想像してください。どちらも同じくらい魅力的という場面設定です。
さて、あなたの親戚がA社の社員だったとしましょう。彼は「A社の時計のあそこがいい、ここがいい」とさかんに褒めちぎります。それを聞いて、あなたはどれくらい「なるほど、A社のにしようかな」と思うでしょうか?(話を単純にするために、社員割引があるとか、そういうことは一切なしで考えてください)
さて、別の場面を想像してみてください。さっきの例と違うのはただ一点。その親戚がB社の社員であることだけです。彼の「A社の時計は、あそこがいい、ここがいい」の内容も全く同じだとします。他のすべての条件が同じなら、同じ説明でも、より強く「買いたい」と思うのは、後者の場合ではないでしょうか。
なぜこういうことが起こるのでしょうか? 心理学の説明はこうです。私たちは日常、人が何かするところや出来事が起こるのを見ると、自分でも気づかないうちに「なぜ? 」という説明をつけようとしていると、考えられています。
先ほどの例で、前者の場合に親戚がA社の時計を褒めたのはなぜでしょうか。たしかに本当にその時計が優れていたためかもしれませんが、ほかにも「なぜ? 」の答えがありますね。自分の会社の商品が売れれば、巡りめぐって自分にも良いことがあるからです。つまり、褒めている人の動機や利害関係が説明のネタになるので、本当にいい時計だからという説明が割り引かれるわけです。
でも後者の場合は、B社の社員である親戚がA社の時計を褒めることに利害関係がないので、「いい時計だから」という説明だけに「なぜ? 」の理由が絞られます。いや、B社の社員である親戚の動機に反するわけですから、その分だけ時計の値打ちは割り増しされるでしょう。
褒め言葉は、第三者の意見である場合の方が説得力を持つことは、この「ウィンザー効果」という名前で知られています。それは「褒めているのが一人だけでなく、もう一人いる」といった人数の問題ではないことが、先ほどの例からも分かるでしょう。たった一人でも、利害関係のない人の発言は、割り増し効果を持つことがあるのです。
唐沢穣先生プロフィール
名古屋大学大学院情報学研究科心理・認知科学専攻教授。
京都大学文学部心理学専攻を卒業後、カリフォルニア大学ロサンジェルズ校にて大学院博士課程修了。
偏見、ステレオタイプ、善悪の判断などに関わる、人間の思い込みや錯覚を科学的に解明する研究を中心とする社会心理学を専門とする。近著に「責任と法意識の人間科学」(共編著/勁草書房)、「偏見や差別はなぜ起こる? 心理メカニズムの解明と現象の分析」(共編著/ちとせプレス)など。
イラスト=タカハラユウスケ