知識は豊富なのになぜか相手に伝わらない……一生懸命頑張っているのに全然成績が上がらない……。そんな悩めるビジネスマンのみなさん、「行動心理学」を仕事に取り入れてみませんか? この連載では、仕事に使える8つの理論をマンガで分かりやすくご紹介しながら、名古屋大学大学院情報学研究科・教授の唐沢穣先生に解説していただきます。
フット・イン・ザ・ドア
第4回は「フット・イン・ザ・ドア」。大きなお願いを聞いてもらうための小さなお願いとは?
唐沢先生の解説
ある日、あなたの自宅に見ず知らずの人物が現れて、「お宅の玄関先に、こんな宣伝用の看板を置かせてもらえませんか? 」とお願いしてきたところを想像してみてください。
サンプル例と称する写真には、玄関を覆いつくすほど大きくて、趣味の悪い看板が写っています。そんな頼みごとを、引き受けるわけがないと、誰もが思いますよね。
ところが、今から半世紀も前に、アメリカの社会心理学者が行った実験では、あるちょっとした仕掛けを施しただけで、なんと多くの人たちが「いいですよ」と答えるという、オドロキの結果が出ました。
この人たちは、実は2週間ほど前に、自分たちの街をキレイにするための署名活動にサインを求められていました。自分の街の美化に反対する人はあまりいないので、実際、ほとんどの人がこれにはOKします。するとかなりの割合で、あのブサイクな看板を玄関先にという、途方もないお願いに「Yes」と答えるようになってしまっていたのです。署名を求めるところは省いて、いきなり看板を置かせてくださいと頼みに行った場合では、応じる人の数はもちろんグッと減りました。
アメリカのセールスマンたちの間では昔から、「フット・イン・ザ・ドア・テクニック」という名で、この方法が使われていたと言います。いきなり「うちの商品を買ってください」と飛び込んでも断られるのがオチですが、「せめて話だけでも……」と、ドアのスキマにつま先を差し入れて、会話を続けることに成功しさえすればしめたもの。あとは話の持って行き方しだいで、高額商品も買ってもらえるようになる、というものです。
ちなみに、今のアメリカ社会で、見ず知らずの家の戸をたたいたり、ドアのスキマをのぞき込んだりしたら、セールスマンの方こそどんな危ない目に遭うか分からないので、文字通りの「フット・イン・ザ・ドア」を使って歩くセールスマンはいなくなったでしょう。
けれども、「ちょっと〇〇してもらえませんか? 」という声が、あとで大きな効果をもたらすという例は、けっこうあちらこちらに待っているように思います。
唐沢穣先生プロフィール
名古屋大学大学院情報学研究科心理・認知科学専攻教授。
京都大学文学部心理学専攻を卒業後、カリフォルニア大学ロサンジェルズ校にて大学院博士課程修了。
偏見、ステレオタイプ、善悪の判断などに関わる、人間の思い込みや錯覚を科学的に解明する研究を中心とする社会心理学を専門とする。近著に「責任と法意識の人間科学」(共編著/勁草書房)、「偏見や差別はなぜ起こる? 心理メカニズムの解明と現象の分析」(共編著/ちとせプレス)など。
イラスト=タカハラユウスケ