知識は豊富なのになぜか相手に伝わらない……一生懸命頑張っているのに全然成績が上がらない……。そんな悩めるビジネスマンのみなさん、「行動心理学」を仕事に取り入れてみませんか? この連載では、仕事に使える8つの理論をマンガで分かりやすくご紹介しながら、名古屋大学大学院情報学研究科・教授の唐沢穣先生に解説していただきます。
ホイラーの定義
第1回は「ホイラーの定義」。アメリカで活躍した営業コンサルタント、エルマー・ホイラーによる、営業における5つの法則とは?
唐沢先生の解説
1930年代、「世界最高のセールスマン」と呼ばれた男がエルマー・ウィーラー(Elmer Wheeler:日本では「ホイラー」という読みが定着)。シンプルなキャッチ・フレーズを次々に提案し、大企業のセールス向上を助けたことで有名なマーケティング・コンサルタントです。
彼はビジネス書籍の執筆にも精力的で、数々のベストセラーを生みました。その中でも有名なのが、彼が信条とする5つの法則を記した1937年初版の「ステーキを売るな、シズルを売れ! 」です。シンプルさを好む彼らしく、わずか5つの法則にビジネスの極意が集約されています。
「シズル」というのは、熱い鉄板の上にのったステーキが奏でるジュージュー感のこと。はじけるような音、香り、熱と食感、そしてもちろん味。そう、からだが覚えている、「おいしかった経験」を顧客は思い出し、買いたいと感じるのであって、「ステーキ」という普通名詞を買いたいわけではないというのが第一の法則です。
同様に、一見ていねいで礼儀を尽くしているように見える「手紙」を書いている暇があったら、短いフレーズですぐに届く「電報」を打てというアドバイスも。当時、とくに国土の広いアメリカでは、急ぎの通信手段は電報でした。相手の心に響くメッセージを送る秘訣が、この法則に織り込まれています。
今の世の中でも、いつ開いてもらえるか分からない、しかも「お疲れ様です」といった定型文の必要なメールより、すぐに伝わるショートメッセージやスタンプが好まれるのは、同じ法則があてはまるからでしょうか。
唐沢穣先生プロフィール
名古屋大学大学院情報学研究科心理・認知科学専攻教授。
京都大学文学部心理学専攻を卒業後、カリフォルニア大学ロサンジェルズ校にて大学院博士課程修了。
偏見、ステレオタイプ、善悪の判断などに関わる、人間の思い込みや錯覚を科学的に解明する研究を中心とする社会心理学を専門とする。近著に「責任と法意識の人間科学」(共編著/勁草書房)、「偏見や差別はなぜ起こる? 心理メカニズムの解明と現象の分析」(共編著/ちとせプレス)など。
イラスト=タカハラユウスケ