誰しも一度は「社会的ステータスの高い仕事をしたい」「いいお給料が稼げるようになりたい」と思ったことはあるだろう。その実現のため、いい大学に入り必死に勉強したり、自己啓発やコミュニケーションに関する本を読んだり、人脈ネットワークの形成に励んだり……といった経験をしてきた人も多いはずだ。だが、そうしたポジティブな行動が、もしかしたらうつ病発症のリスクを高めているかもしれないという、驚きの結果がこのほど明らかになった。
社会学者が、21カ国、1万6,000人超を労働者を調査
ベルギーのゲント大学で社会学の教授を務めるBracke氏が中心となり、今回の研究を行った。研究チームは、ヨーロッパ21カ国の25歳から60歳までの労働者、1万6,000人超を調査。質問項目に対する参加者の回答から、うつレベルを測定した。
研究チームがデータを集計した結果、過剰な教育は当事者のメンタルヘルスに有害な影響を及ぼす可能性が示唆されたという。
教育水準が低い方が、うつ病の兆候が出やすいとされていたが……
ヨーロッパにおけるこれまでの研究では、教育水準が低い人々は、教育水準が高い人に比べて深刻かつ頻繁なうつ病の兆候が、約2倍出やすいということが明らかになっている(リスクの高さは国によって異なる)。
では今回、なぜ教育水準が高い労働者の方が、うつ病リスクが高まりやすいと結果になったのか。
チャレンジングな仕事やポジションが与えられていない
Bracke氏はこの結果について、「意欲をかきたてられるような挑戦的な仕事に就いていなかったり、これまでに学んできたスキルをすべて生かしきれなかったりしているのが、おそらく原因ではないか」と推測している。また、同氏はステータスが低く名声が得られにくい仕事も、うつ病リスクの要因となっていると指摘する。
すなわち、これまでに当事者が培ってきた経験や学んできた教育レベルの高さに見合った仕事が与えられていない場合、「なぜ能力のある自分にこんなつまらない仕事が……」と落胆し、これがメンタルヘルスに直結するというのだ。
教育水準の高さと経済的利益が比例しないと、国全体が病む
また、今回の研究では、より高度な教育を学んだ者に、より多くの職務保証あるいは給料を提供しない国では、能力水準に一致した仕事をしている人間でさえ、メンタルヘルスが低下していることが明らかになった。
努力した者が報われないシステム下では、労働者の士気も下がり、精神的にまいってしまうのも仕方がないこと。研究は、教育から得られる経済的リターンの低下は、すべての有識者のメンタルヘルスに影響を及ぼすことを示唆している。
また、Bracke氏は「国家レベルで考えると、大学教育を受けた人々の数が上昇し続けた場合、労働市場もそれに見合ったレベルでアップグレードされないと、国民のメンタルヘルスを悪化させるだろう」と警鐘を鳴らしている。
「あこがれの職業」である正社員になっても……
厚労省は8日、社員をうつ病発症にまで精神的に追い詰めるような、いわゆる「ブラック企業」について、9月に集中的な監督指導を行うと発表した。だが、今回の研究は優良企業においても、「自分の理想とする仕事と現実の仕事の不一致」が引き金となり、うつ病になりかねないことを示唆している。
電通が3年前に行った高校生へのアンケート調査では、「なりたい仕事ランキング」の第2位が「大企業の正社員」だった。今や「あこがれ」の対象となった正社員になれたからといって、自分に見合っていない仕事に従事して精神に支障をきたしてしまっては元も子もない。だが、現状がつらいからといって、後先考えずに異動願や退社届を出すのも得策とはいえない。
今の仕事や地位に満足していない人は、「自分が本当にやりたい仕事は何か」と、まずは自分自身を見つめなおすことが大切なのかもしれない。