相続人の中に被相続人から生前贈与を受けていた人がいた場合、法定相続分のまま遺産分割を進めると不公平が生じ、トラブルになるケースがあります。
例えば、相続人が兄弟2人で、兄が被相続人である親から多額の資金援助を受けていた場合では、「援助を受けていた兄と自分が同じ相続額なんて不公平だ!」というように、資金援助を受けていない弟から不満が噴出してもおかしくありません。
では、自分の相続財産を侵害されない、公平な遺産分割をするためには、一体どうしたらいいのでしょうか。
得るべき相続財産が侵害されているかも?
「兄は、父親から事業をするための資金援助を受けていた。それなのに同じ相続額だなんて、自分は損をしているのではないか?」
このようなケースの場合、被相続人である父親から兄に贈与されていた事業資金が「特別受益」に該当し、遺産の前渡しとして算定される場合もあります。
被相続人の財産は、相続人に平等に相続されることが前提です。よって、一部の相続人に「財産の前渡し」=「特別受益」があったとみなされる場合、遺産分割は特別受益分を考慮したうえで相続分を算定することになります。これを、特別受益の「持ち戻し」と言います。
このように、遺産分割協議をする際に不公平な遺産分割だな、と感じる場合には、生前贈与などが「特別受益」に該当するかどうかをよく確認しましょう。
特別受益について
特別受益とは、被相続人から相続人に対して遺贈された財産、または婚姻や養子縁組のための費用など、日常のさまざまな資金として贈与された財産を言います。
しかし、贈与されたものが特別受益に該当するかどうかは、被相続人の経済状況や生活水準などから総合的に判断されるため、一概にすべての生前贈与が特別受益に該当すると結論づけることはできません。被相続人の経済状況と比較して贈与額が少額の場合は、特別受益に該当しないケースもあります。
特別受益となる財産について
以下では、特別受益となりうる財産について見ていきたいと思います。
・婚資(婚姻費用)、養子縁組のための費用
婚姻や養子縁組のための費用は一般的には特別受益に該当しますが、金額が少額であるなどの事情があれば、特別受益に該当しない場合もあります。
結婚式の費用や結納金などについては、一般的には特別受益には該当しないとされていますが、金額などの事情により相続人の間での平等が損なわれている場合は、特別受益に該当することもあります。
・生計の資本として贈与された財産
生計の資本として贈与された財産が、相続人の間での不動産や自動車の贈与、それらの購入資金、個人事業を開業するための援助金などである場合も特別受益に該当するケースが多いですが、少額である場合やその他事情がある場合は特別受益に該当しないケースもあります。
学費についても、一般的には特別受益に該当しないことが多いですが、特別に高い学費である場合や、相続人の間での平等が損なわれる程度の支出となっている場合などには特別受益に該当することもあります。
特別受益となる財産の種類について
特別受益の対象になる財産は、現金や不動産だけではありません。預貯金、株券や投資信託、車、ゴルフ会員権など、さまざまな種類の財産が含まれます。
特別受益に含まれないもの
・生命保険金
生命保険金については、受取人が指定されている場合、原則として受取人固有の財産であると考えられます。そのため、生命保険金は遺贈や生前贈与のような被相続人自身の財産処分とは違うものであると位置付けられ、特別受益には該当しません。
しかし、共同相続人の一人だけが生命保険金を受け、その額が相続財産の総額から見ても過大な金額である場合などは、特別受益に準じて考慮される可能性があります。
・死亡退職金
死亡退職金も生命保険と基本的に同様の考え方となり、原則として受取人固有の財産であると考えられるため、特別受益には該当しません。
ただ、一部の相続人だけが多額の死亡退職金を受け取った場合などは特別受益となる可能性がありますので、判断が難しい場合は弁護士などへ相談しましょう。
相続人の公平を図るため、「特別受益持戻し」ができる
特別受益持戻しについて
特別受益を受けた人を「特別受益者」と呼びます。共同相続人の中に特別受益者がいる場合、法定相続分どおりに遺産分割すると不公平が生じます。そこで、民法第903条1項では、相続人の公平性を守るために特別受益分を考慮して具体的相続分を算定する「特別受益持ち戻し」という制度を設けているのです。
具体的相続分とは、共同相続人の間で公平な遺産分割を行うため、法定相続分や指定相続分に特別受益などを考慮して相続金額を算定する分割の基準です。
相続人に生前贈与などがあった場合は、遺産分割協議で特別受益の持ち戻しを行ったうえで遺産分割を進めます。どの贈与を特別受益と判断するかは、相続人の話し合いや家庭裁判所の判断で決まりますが、判断のポイントとしてはその贈与が「遺産の前渡し」と評価されるかどうかです。
具体的相続分を算定するには
それでは、相続人である兄弟の一人が、被相続人から事業資金として贈与を受けていた場合の具体的相続分を算定してみましょう。
(例)
・相続財産として5,000万円、相続人は妻と2人の子(兄、弟)
被相続人である父親は生前、兄に事業資金として1,000万円を贈与していたとしましょう。
- まず、具体的相続分を算定するためのスタートとなる額を算出します。これを、みなし相続財産と言います。
相続財産:5,000万円
兄への生前贈与:1,000万円
みなし相続財産:6,000万円
- 次に、みなし相続財産6,000万円に対して、法定相続分による割合を算出します。
妻(1/2):3,000万円
兄(×1/4):1,500万円
弟(×1/4):1,500万円
- 最後に、2で算出した額について特別受益を得た兄の分から特別受益分を差し引きます。兄は1,000万円の贈与(特別受益)を受けていたので、1,500万円から1,000万円を差し引いた500万円が具体的相続分となります。
妻(1/2):3,000万円
兄(×1/4):500万円
弟(×1/4):1,500万円
特別受益持戻しができる期間
特別受益の持戻しは、贈与された時期に関わらず算入することができます。また、いつまでに持ち戻しをしなければいけないといった期限の制限もありません。
特別受益については、遺産分割協議、遺留分減殺請求、相続税の申告などのタイミングで問題として上がるケースがほとんどなので、それらの手続きを終えていない場合は特別受益の持ち戻しがあるかどうかに注意する必要があります。
「特別受益」を主張する場合の注意点は?
特別受益を主張する場合は、特別受益者以外の相続人が特別受益の有無について主張・立証する必要があります。したがって、特別受益者が生前贈与を認めない場合に当該生前贈与を特別受益として認めてもらうためには、特別受益者以外の相続人が預貯金の履歴などの資料を提出して、当該生前贈与があったことを証明しなければなりません。
このような証明は資料が乏しいことも多く、証明が難しいこともありますので、弁護士に早めに相談した方がいいでしょう。
まとめ
遺産分割協議で特別受益を主張する場合は、金額についてだけでなく、特別受益があったという事実の立証など、考慮すべきさまざまな問題があります。
また、過去の事実やあまりに細かな内容などを持ち出すと、争いに発展して遺産分割が困難になったり、相続人同士の今後の関係に大きく影響したりする可能性もあるため、相手の立場も考慮して話し合いを進めることが大切です。相続が公平でないと感じる場合や、遺産分割がうまくいかない場合などは、一人で悩まずに相続について詳しい弁護士に相談するといいでしょう。
執筆者プロフィール : 弁護士 松村 茉里(まつむら まり)
第二東京弁護士会所属。京都大学法学部卒業。東京・横浜・千葉に拠点を置く弁護士法人『法律事務所オーセンス』にて、主に相続分野を取り扱う。交渉・調停・遺言作成等幅広い相続案件に従事しており、セミナー活動・執筆活動も行っている。NPO法人相続アドバイザー協議会認定会員、「家族で話すHAPPY相続」を執筆。事業承継スペシャリストの資格も有する。