ビジネスシーンや結婚・離婚などでのトラブルは、いつ皆さんの身にも起きても不思議はありません。本連載「知ってて良かった社会人の法律問題」では、弁護士法人 法律事務所オーセンスにこれらの問題について法律解釈を伺いました。


子どもがいる夫婦が離婚する場合、必ず父母どちらか一方を親権者に指定しなければなりません。しかし、その話し合いがまとまりそうもなく、まずは、別居したい、別居にあたり、子どもを連れて家を出たいという場合があります。妻が、夫の意向に反し、夫がいない間に、子どもを連れて家を出てしまっても違法にはならないのでしょうか?

  • 離婚に向けて別居、子を連れて無断で家をでるのは違法?

別居や子どもを連れて行くことなどについてきちんと話ができた上で家を出た方がよいとはいえます。ですので、決して「夫がいない間に、子どもを連れて家を出ていきましょう! 」とおすすめすることはできません。

夫には言わずに家を出ていくということになれば、その後の別居中の生活費や離婚について話し合うにあたっても、感情のもつれを引き起こしてしまうこともあるからです。しかし、夫に言えば、家を出ること自体ができなくなってしまうとか、身に危険が及ぶ可能性があるとか、きちんと話ができないままに家を出ざるを得ない場合もあるでしょう。

結論として、主に子どもの養育をしていた方の親が子どもを連れて家を出た場合は、そのことが、もう一方の親の意思に反していたとしても、子どもを連れて行ったことは違法でない、または違法性は極めて低いと評価される場合が多いといえます。

子どもが、主に子どもの養育をしていた方の親の養育を引き続き受けられることが、子どもの安定した生活につながると考えられるからです。

Q. 子どもを連れて別居した後に、夫が無理やり子どもを連れ去ったら?

では、夫が、連れて行かれた子どもを取り返すために、別居先や子どもが通っている保育園などから無理やり子どもを連れ去るような行為は、許されるのでしょうか? こうした行為については、違法性があると評価されることが多いといえますし、後の親権者決定の際にも不利に働きます。

それでも別居後に、夫によって、子どもを連れ去られてしまうことがあります。こうした場合、いったいどのようにして、子どもを取り返すことができるのでしょうか。

■早急に子の引き渡し審判申立てを

別居後に子どもを連れ去られた場合、子どもを取り返すために、慌てて、夫のいる自宅に出向き、再び子どもを連れ出すようなことは、子どものためにも得策ではありません。以下のような法律に則った正規の手段を取ることをお勧めします。

まず、できるだけ早く、家庭裁判所へ「子の引渡し審判」を申し立てましょう。審判とは、さまざまな事情を考慮したうえで、裁判所の判断により決定が下されるものをいいます。

■同時に「子の監護者の指定の審判」申立ても

また、子の引渡し審判を申し立てるのと同時に「子の監護者の指定の審判」も申し立てる必要があります。

監護権とは、子どもと共に暮らし、身の回りの世話や教育を行う権利のことです。離婚をする際は、必ず父母どちらか一方を親権者として指定しなければなりません。一般的に「親権者」になると「財産管理権(子どもの財産を管理・保全・処分したりする権利や子を代理して何らかの契約を締結するなどの権利)」と「身上監護権(子どもと一緒に暮らし、子どもの身の回りの世話を行う権利)」を持つことになります。ただし、話し合いによって、親権から身上監護権を分離させることができるのです。身上監護権のみを持つ人は「監護者」と呼ばれます。

■子の引渡しの審判前の保全処分(子の引渡し仮処分)

さらに「子の引渡し審判」と「子の監護者の指定の審判」と同時に「子の引渡しの審判前の保全処分(子の引渡し仮処分)」も申し立てることができます。

保全処分とは、審判による裁判所の決定を待っていられないほど緊急を要するときに、速やかに監護者の権利を回復するためのものです。例えば、早く子どもの引渡しがされなければ、DVなどの危険がある可能性があるなどが、その要件にあたります。

この保全処分を出すことにより、出さない場合に比べ、全体の手続きの進行が早まるという効果があり得ます。

■最後の手段は人身保護請求

子の引き渡し請求が認められたにもかかわらず相手が応じようとしない場合などは、「人身保護請求(不当に身柄を拘束されている人を保護するための手続き)」という手続きを行うことも可能です。

ただし、離婚前の段階で人身保護請求が認められるには、「拘束の違法性が顕著である」、つまり、拘束している親の監護が子の福祉に反することが明白であることが必要とされています。この手続きは、法律により、原則として、代理人として弁護士を立てるよう求められています。ほかに打つ手がなくなったときの最終手段だと考えておきましょう。

まとめ

子どもの親権、監護権をめぐる争いは、両当事者の感情が激化しやすい場面であるといえます。一方的に子どもを連れ去ることは、子どもの福祉や利益の点から見て、許されるものではありません。

親権者を決定する際にも不利な立場に立たされることがないように、正しい手段を用いてください。そして、子どもの引き渡しに関する裁判手続きは、迅速、適切に行う必要があります。裁判所へ緊急性を認めてもらうための申立書の書き方など専門的知識があれば、少しでも迅速に手続きを進めることができるといえるでしょう。

別居にともなって連れ出された子ども、また別居後に連れ去られた子どもを取り戻したいとお考えの場合は、早めに弁護士などの専門家へご相談ください。

執筆者プロフィール : 弁護士 高橋 麻理(たかはし まり)

第二東京弁護士会所属。東京・横浜・千葉に拠点を置く弁護士法人『法律事務所オーセンス』にて勤務。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。2002年検察官任官。東京地検、大阪地検などで勤務後、2011年弁護士登録。元検察官の経験を生かして、刑事分野の事件を指導、監督。犯罪被害者支援離婚問題に真摯に取り組んでいる。