初代「ロードスター」(NA型とも呼ぶ)のレストア事業を始めたマツダを訪ね、同事業を担当する梅下隆一執行役員と話をする安東さん。長く愛される“NA”を元通りに蘇らせようとするマツダの心意気には感銘を受けた様子で、自身も「NAに乗らなかったことを後悔している」という、その思いを語り始めた。

※文はNewsInsight編集部・藤田が担当しました

  • 対談する安東さんとマツダ執行役員 カスタマーサービス担当 ブランド推進・グローバルマーケティング担当補佐の梅下隆一さん(対談風景の撮影:安藤康之)

「ロードスター」が「ポルシェ」を超えているところ

安東さん(以下、安):先日、「愛車遍歴」という番組(BS日テレで放送中の「おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR,NO LIFE!」のこと)の収録がありまして、歴代の和製オープンカーの特集だったんですけど、何に感動したかというと、「NA」を大事に乗っている20代後半の方に、そのクルマを借りて運転したんですよ。もう、「なぜ、俺は今まで乗らなかったのか! 所有しなかったのか!」と思うくらい楽しくて。

「人馬一体」は皆が使う言葉だし、NAでは特に代名詞になってますけど、「ケイマン」なり「ボクスター」なり、「911」(いずれもポルシェ)なり、「とはいえ人馬一体って、ほかにもあるんじゃないの?」と思ってたんですよ。だけど、“人馬一体感”の次元が違ったんですよね。「これか、皆がいってたのは!」っていうくらいで。手の中に収まるようなパワーユニットの出力であったり、シフトフィールであったり。

なぜポルシェに乗るかというと、ポルシェが好きというよりも、あのシフトフィールがよかったんですよ、やっぱり“シフトフィールフェチ”なんで。あの「カチッ」と入る感じ。なので、僕が今乗っている「997の後期型」(安東さんの愛車であるポルシェ 911 カレラ 4Sのこと)が一番だと思って買って、今だに一番なのは揺るがないんですけど、でも、NAに乗ったとき……なんていったらいいのかな、いい意味での敷居の低さというか。やっぱり、確かにシフトの剛性とかで比べればポルシェの方がはるかに高いんですけど、でも、カジュアルにクルマとの一体感を味わえるという意味では、その“一体感レベル”でいえば、NAの方が上に感じたんですよ。

  • 安東さんがカジュアルにクルマとの一体感を味わえると評する初代「ロードスター」(画像提供:マツダ)

安:彼(借りたNAの持ち主)は中古で買っただけといってたんで、前のオーナーがどういう風に乗ってきたかは分からないんですけど、30年前のクルマで、これだけカジュアルな一体感を味わえるということに、目からウロコというか、感動して。逆にいうと悔しいのが、なぜ今、このクルマがないのかと。どのメーカーにもないじゃないですか。御社にすらない。なぜ、ないんだって。こんなクルマを日本のメーカーは作れていたのに。

真面目に、程度のいいNAを買ってきて、500万円かけてレストアしようかなと本気で思ったくらいで、もうちょっとお金が儲かったら頑張ろうかなとは思っているんですけど(笑)、それくらい欲しいと思う、乗らなかったことを後悔するくらいのクルマだったので。

復活の「ロードスター」に世界で最も乗りにくい国とは?

安:日本は税制もね、古いクルマは高くなる。そういうのは論外だと思っていて。本当に、ヨーロッパとは反対のロジックで、なんでこうなっているんだろうと。メーカーの方は、どんな思いなんですか? だって、メーカーとしては、どんどん新しいクルマに買い換えてもらえると、潤うという話もあるじゃないですか。これについて、レストアまでやり始めたマツダはどう思っているのか、純粋に伺いたいです。

梅下さん(以下、梅):それは、間違っているとか間違っていないとかではなく、これは日本の社会とか、経済が歩んできた道そのものなので、その中での規制の部分とか、法制の部分だけを抜き出してどうこういっても、しょうがないのかなという気はします。

でも一方で、せっかく僕らは一歩を踏み出したので(ロードスターのレストアに乗り出したので)、将来的には、マツダもどんどんやっていくし、お客様も少しずつ増えるし、という状態になって、やっぱり色んな人に認めてもらいたいというのはあります。日本にも、こんな素敵な文化があるよねと。日本にとって自動車というのは、振り返ってみても素敵なものだったよねといってもらえる状態が理想です。

  • マツダがレストアを続けていって、昔のクルマを楽しもうという顧客も増えれば、こういった文化を取り巻く日本の環境も変わるかもしれないと梅下さんは考える

安:世界中に愛好者もいますしね。

梅:そうなったら、何かが変わるかもしれないし。何もない中で、「よそ(欧州などの他国)はやっているから日本もやれよ」というより、僕らとしては、世の中にアピールして、お客様が沢山いますよ、僕らもやりますよという本気を見せて、それで何かが変わればいいと思っています。鶏と卵ですけど。

安:そうですよね。ただ、たぶん世界で一番、NAロードスターを維持するのが難しいのは日本であることは間違いないですよね……

梅:それはそうかもしれませんね。古いクルマを持とうと思うと、日本はハードルが高い。アメリカなんか、行って見ているとうらやましいくらいハードルが低い。

安:庭先に「SELL」と書いてクルマを置いておくと、「これください!」と買っていく人がいる。後で書類1枚を提出すれば個人売買成立。日本は、リバイバルしたクルマは基本的に、車検の頻度も高まりますし。そこは結構、大変ですよね。

梅:でも、それだけじゃなくて、例えばアメリカを羨ましいと思うのは、そもそも土地が安いから、家がでかい。ちょっとした家だと、ガレージに必ず2~3台は停まってる。タイヤなしのクルマを裏庭なんかに置いておけますもんね。

安:ニューヨークとかじゃなければね。

梅:日本の社会や、いろんな仕組みを含め、ハードルは高いですよね。

  • アメリカをうらやましがる2人

若い人が買える、安くて格好いいクルマはあるか

安:うーん、税金もそうですし、クルマの値段そのものも上がってますし。でも、若い人に興味を持ってもらわないと、将来がないじゃないですか。彼(NAの持ち主)が20代で、ロードスターに乗っているのは嬉しいんですけど、せっかくいいクルマに出会えているのに、車検だとか負担も多いわけで……。そんな中でも、クルマを何百万円もかけて直すという取り組みが、もうちょっと広がればいいと思うし、マツダが純粋な思いでやっていることって、本当にありがたい話。

梅:温かい目で見守っていただければ(笑)

安:NAが出たのって、大学生の頃だったんですよ。何人か乗ってました。今、一番、若い人に必要なのは、安いけど憧れるっていうクルマじゃないですかね? 「スイフト スポーツ」(スズキの小型車)あたりが近いのかもしれないですけど。高くないけど憧れるクルマが必要だと思っていて。

  • 「スイフト スポーツ」(画像提供:スズキ)

安:僕が最初に乗ったのが“ブルドッグ”って呼ばれてた「シティ ターボⅡ」(本田技研工業)というクルマで、もちろん中古で買ったんですけど、あのクルマだったら、どこに出しても惨めな思いはしなかったんですよ。オーバーフェンダーがあって(タイヤを覆う部分が張り出した感じになっている)、メルセデスの隣でも「俺のクルマの方がいい」みたいな感じで。中古で60万円だったんですけど。

  • 安東さんが初めて買ったクルマ「シティ ターボⅡ」(画像提供:本田技研工業)

安:NAロードスターって、もちろん、そこまで安いクルマではないですけど、大学生が例えば、親に頭金だけ借金して、ローンをバイト代で払えば買えるクルマで、憧れるクルマだったわけじゃないですか。それにNAなんか、純粋に格好いいじゃないですか、リトラクタブルライトで。

梅:格好いいですよね。

  • 点灯すると現れるリトラクタブルヘッドライトも特徴(画像提供:マツダ)

安:格好いいのに庶民が、大学生が無理をすれば買えるクルマで、それの先駆けだし、最後という感じもしてるんですよ。そこが一番、今、足りない部分かなと思うんです。

梅:まだまだ努力が足りないのかなと思いながら聞いていたのですが、現行のロードスター(4代目、いわゆるND型)って、下は二百数十万円から始まってますよ、今でも。それが今の若者にとって、本当にアフォーダブルかというと、100%の自信はないのですが、あのクルマは、そういう意味では、めいっぱい頑張った価格にはなってるんです。もちろん、目の肥えた人にも買ってもらえるグレードも用意しながら、だけど下は、ちょっと“素”なんですけど、若い人にも買って欲しいという気持ちを込めて作っている。初代のスピリットを持ちながら作ったクルマではあるのです。

安:もちろん。NDはデザインも格好いいですしね。

梅:まあ、今のお話をうかがっていると、もっと頑張れといわれているのかなという気もするんですけどね。

  • 現行型の4代目「ロードスター」(ND型)。安東さんも格好いいデザインだと評価する(画像提供:マツダ)

安:NAが出た当時でいうと、今より100万円までは安くないですけど、60万円くらいは安かったですよね? その時はバブル真っ只中で、単純に比較はできないですけど。若い人にNDを頑張って買って欲しいなという思いもあるんですけど、親が今、不景気ということもあるし。

梅:それはもちろん。ただ、おっしゃるように、NDがどうこうというだけではなく、若者がクルマを買ってくれない、あるいは買えないのは、「これ欲しい!」と、「これなら、いくらかムリしてお金を出してもいい」といってもらえる魅力を、まだ十分に発し切れてないんでしょうね。

安:NDは十分だと思いますけど、価値を考えれば適正価格だと本気で思ってますけど、NDが50万円安かったら……。だから、NDじゃなくてもいいんですよね、そこまで高クオリティじゃなくてもよくて、オープンカーじゃなくてもいいと思うんですけど、本当に150~200万円で。それができるのが、マツダなのか、スズキなのか。ダイハツとかも、作れないのかなと思っちゃったりするんですけど。

梅:頑張らなくてはいけないですよね。若者がクルマを買わなくなった理由を、巷ではよく携帯電話だとかいいますけど、一方で皆、お金を出して海外旅行には行くわけですし。だから、これは自分にとって特別な経験、素敵な体験なのだと分かっていれば、無理してでもクルマに若干のお金は出すと思うんですよ、若者でもね。

安:200万円以内なら出す気はしますよ。

梅:中古のロードスターなんかどうでしょうね?

安:それもあるんですけど、今の若者って“ムリしてる感”を嫌うと思うんですよね。中古を買ってまで乗りたくないというか。見栄えっていうか、“インスタ映え”もしないし。NAは当時、間違いなくインスタ映えするクルマだったんですよ! インスタが当時あったとすれば、動画なんて流しまくりですよ! ただ、今は部品の値段も上がっているし、保安部品も必要だし……

各社がギリギリでやっているのは重々、分かってるんですけど、でもなんか憧れる、高くないクルマというか、そのクルマに乗っていると、インスタ映えというか格好いいというものって、見渡すと皆無に近いというか。「ハスラー」とか「クロスビー」(いずれもスズキのクルマ)は頑張ってると思うんですけど、NAの格好良さとは若干、質が違うというか、皆がわいわいやって楽しむ感じで。NAは隣に立っているだけで絵になりますもん。

僕は成城大学出身で、当時は(ロードスターを)“パパに買ってもらった系”の人が結構いて、普通に正門にNAを停めて待ってたんですけど、めっちゃくちゃ格好いいというか。屋根かなんか開けてて、強烈な印象で。みんな見るんですよね。あれが200万円で買える世の中ってすげーなと改めて思いますよ。彼らはAT(オートマチックトランスミッション)だったんで、そこは残念だったんですけど、でも考えてみたら、ATの設定があったのは良かったのかもしれません。敷居も下がりますし、女性も乗れたりするし。

だから、オートマで乗れてオシャレで格好いいというのは、“オールドミニ”に近い感じですね。今はミニも高くなっちゃったんですけど。ローバー時代のミニ(ミニというクルマのブランド。初代はローバーミニとも呼ばれる。今はBMW傘下)は安くてオシャレで。

梅:そういうスピリットに満ちた車でしたよね。

  • 「ローバーミニ」のよさについて共鳴する両者

若い人に乗ってもらうためには、若い人に魅力的だと思ってもらえるクルマを、アフォーダブルな価格で用意しなければいけない。ロードスターもそういったクルマなのかもしれないが、現代の若者にも手が出しやすい、もう少し安いクルマも用意しては、というのが安東さんの考えだ。

さて、話はここから、日本のクルマ文化そのものについて、そして、これからのクルマが初代ロードスターのように生き残っていくには何が必要か、というテーマに入っていく。続きは次回、お伝えしたい。