トヨタのSUV「C-HR」に登場した「GR SPORT」というスポーツタイプの新型モデルに試乗した安東弘樹さん。マニュアルトランスミッション(MT)を駆使して一般道を試乗し、マイナーチェンジ前のC-HRとの乗り比べも終えた後、トヨタの開発陣との懇談に臨んだ。

※文と写真はマイナビニュース編集部の藤田が担当しました。

  • 安東弘樹さんとトヨタの開発陣

    「C-HR」の「GR SPORT」についてトヨタの開発陣と語る安東さん

全てのクルマが「GR SPORT」レベルって無理?

安東さん(以下、安):何が悔やまれるって、革靴のまま運転せざるを得なかったことなんですよ。ドライビングシューズを持ってきてなくて。それがちょっと、痛恨なんですけど。

トヨタの久野友義さん(以下、久):(笑)C-HRのGR SPORTはいかがでしたか?

:C-HRって、触れるのもほぼ初めてだったんです。よく見かけるし、台数は出ているクルマだと思うんですが、忌憚なくいえば、デザインが好きかというと……もっとシンプルでもいいのかなと思うんです。

ただ、GRにはまとまりがありました。エクステリアのアフターパーツを付けているクルマは、後付け感があるというか、取り付けた部分に線がたくさん入っているのでどうかと思うんですけど、GRは当然、最初からこういうクルマとして作ってあるので、後付け感がないのが非常にありがたい。接着剤でくっつけたのではなく、一体感がありますね。

  • トヨタ「C-HR」の「GR SPORT」

    「C-HR」の「GR SPORT」は、外見にまとまりがあると安東さん

:あとはやっぱり、MTですよね。昨年発売になった「カローラ スポーツ」もそうだったんですけど、やっぱり私は、MTが好きです(笑)。

今日は「iMT」(変速の際、自動でエンジン回転数を合わせてくれるトヨタのMT)で運転したんですけど、自分の運転が下手になってしまうんじゃないかと思うくらい、きっちりと回転数を合わせてくれていました。トヨタが本気でMTを作ってくれたのが何より嬉しいです。欲をいえば、もう少しクラッチの反力が強い方がいいというか、これは日本メーカー全般にいえることですけど、軽ければ疲れないというわけではないと思うんですよね。

一般の人がほとんどMT車に乗っていないし、そもそもMTを運転できる免許を持っている人すら減ってきている中で、MTのよさをどうやって伝えればいいのかは、非常に難しいと思います。そういう意味では、iMTであれば、抵抗なく運転できるのではないでしょうか。C-HRにiMTが入るのは、すごく嬉しい。

それと、これも欲をいえばなんですけど、全てのモデルを、最初からGRくらいに作り込んで欲しいなと。最近、輸入車にばかり乗っているんですけど、剛性感などで日本車との差を感じています。基本がGRくらいだと、日本のユーザーは、もっとクルマを楽しいと思ってくれるのかなと思いました。C-HRは、GRとその他のグレードの価格差が少ないじゃないですか? それだけに、最初から全部、これでできないのかなと思ってしまうんですよ。

  • トヨタ「C-HR」の「GR SPORT」

    「C-HR」の最上級グレード「G」は299万5,000円、「GR SPORT」の上級グレード「S“GR SPORT”」は309万5,000円なので、この2台の間には10万円しか価格差がない

:私はCVT(無段変速器)というのが、どうしてもダメなんです。コラムにも、「日本人のクルマ離れはCVTのせいだ」と何回も書いているくらいで。あのラバーバンドフィール……。CVTにしか乗ったことがない人でも、本能的に、あの気持ち悪さを感じると思うんです。そうすると、クルマの運転が楽しいとは思えないのではないでしょうか。

:CVTも、作りこみ次第ではやり方があるんですけどね。

:私は極めて特殊なユーザーだと自覚してますし、私の意見がそのまま、マーケットに当てはまるかどうかは分からないんですけど。

ただ、周りの人にいろいろと話を聞いてみると、「クルマの運転は労働だ」っていう人もいて、楽しむということが理解できないみたいなんですよ。日本の特にコンパクトカーは、多くがCVTですよね? そのダイレクト感のなさというか、それしか知らない人なのかなと思ってしまいます。

:我々も、「ヴィッツ」のGRで「スポーツCVT」という新しいCVTの制御を入れたんですけど、その制御では、ある領域のエンジン回転数のバンドの中で、その間でシフトがアップダウンするような感じにしたんですよ。やはり、ダイレクト感って非常に気持ちがいいので。常に上(エンジン回転数の高いところ)に張り付いて「ワーン!」(エンジン音)という感じではなく、感性に訴えられるようにと意識しました。

  • トヨタ開発陣と安東弘樹さん

    左からトヨタ自動車東日本 第2ボデー設計部の猪島智宏さん、トヨタ GAZOO Racing Companyの久野友義さん、トヨタ自動車東日本 第3ボデー設計部の岡野俊司さん

:なるほど。

クルマの楽しさについて人と話していると、最近は「自分だけの空間」とか「景色が変わっていく」ところが楽しいという人はいるんですけど、ドライバビリティーを挙げる人って、ほとんどいないんですよね。テレビ局という所にいると、昔は「おねーさん対策」でクルマに乗っていた人も多くて、それはそれで悲しかったんですけど、ところが、「最近の若い子はクルマには興味が無いぞ」ということが分かったとたん、みんな見事にクルマから離れていってしまって(笑)。「あ、タクシーでいいのか」ということらしいです。

:あー、そうなんですか!

:私が新人の時代は、大してクルマが好きでもないのに、「BMW」はもちろん、「マセラティ」などを買っていた上司がゴロゴロいましたね。

:もてたくて。

:そのクルマが何気筒かも知らずに買う人もいました。ただ、動機は不純ですけど、それでクルマの楽しさを知ることも、あったわけです。それが時代が変わって、本当にクルマ好きが少なくなってしまいました。

:道具としてのクルマにしか、興味を持てなくなっているんですかね。

:鉄道の旅だと皆さん、ワクワクするみたいなんですよ。私はこの間も、仕事で愛知までクルマで行ってきたんです。「なんで新幹線を使わないの? 楽じゃん。弁当を食べて、ビールを飲みながら(私はお酒を飲まないんですけど)。クルマで行ったら、何にもできないじゃん」って、周りからはいわれました。

それって、その人たちにとって、運転が「快楽」ではないからですよね。私は運転中、ずっと快楽を感じているんですよ。先日も大分までクルマで行ったんですけど、運転中はずっと「たのしー!」って叫びたくなるくらいに楽しいんです。

  • トヨタ開発陣と語り合う安東弘樹さん

    クルマの運転は「快楽」だと語るクルママニア・安東弘樹

:最近の日本のドライバーって、CVTから入りがちじゃないですか。軽自動車もそうですし。原体験が、あの「ビヨーン」っていう感触になるので、運転が嫌いになってしまうんじゃないでしょうか。それから、シャキッとしていないボディや足回りとか、ダルなステアリング。最初に触れるクルマがそんな車だったら、私でもクルマが好きにはなっていなかった可能性すら感じてしまいます。そういう意味でも、御社の役割は、すごく大きくなってくると思うんです。クルマ好きをクルマ好きとしてとどめておくためにも。そういう意味で、多くの人にGRを選んで欲しいなと感じました。

:我々も「GR」を始める前は、「スポーツ車両統括部」として「G's」(GRの前身)をやっていたんですけど、そういうクルマを作り始めたきっかけも、クルマ好きがどんどん離れていってしまうのではないかという危機感からだったんです。当時のトヨタのクルマって、「実用一辺倒」という感じもありましたので、これはまずんじゃないか、自分達も買いたくなるようなクルマを作らなければと思って、細々と始めたんですよ。

:それは、正しい方向でしたよね。スポーツカーかどうかではなく、クルマの根本が大事だと思います。だから、初めてクルマに触れる人が、GRに乗ってくれればいいですよね。

この間も、輸入車の試乗会で、イギリス生まれの若い広報の方と話したんですけど、向こうでは、若者のクルマ離れは、全く起こっていないといっていたんですよ。今も、若い人はクルマの話ばっかりしていると。

例えばドイツのクルマって、ドイツで買っても高いんですけど、向こうの人には「新車信仰」がないので、最初は、根本がいい中古車を買うんですよね。でも、日本人はなぜか、新車を買いたがるじゃないですか。向こうでは、中古で好きなクルマを選ぶ。そういうクルマは、例えば5万キロ走っていたって、根本がいいわけです。例えば、「ミニ」あたりをMTで乗ったら、何しろゴーカートフィーリングですから、それは、クルマの運転が好きになりますよね。皆さんも重々、分かっていらっしゃると思いますけど、日本のコンパクトカーとミニって、全く別物じゃないですか。剛性も含めて。

:それは分かります。ミニは楽しいクルマですよね。

:そういうクルマを最初に「5年オチ」で買うのと、日本で軽自動車の新車を買うのと、もしからしたら、値段はそんなに変わらないかもしれないんですけど、クルマの初体験としては、まるで違うと思うんです。だから、できれば最初はGRのようなクルマに乗って欲しいですね。値段も、C-HRの上級グレードを買うのと、そんなに変わらないじゃないですか。

:そうですね。ただ、お若い方にご購入いただけるかというと、少し高いのかなとは思います。

:あと、最初から、クルマをドライビングで楽しもうという概念が基本的にはなくて、外見で選んで、あとは走ればいいっていう感じなのかもとも感じますね。でも、ドライバビリティーが悪いクルマにずっと乗っていると、運転に対するストレスが徐々に溜まっていって、クルマの運転に対するイメージも変わっていってしまうと思うんです。

私たちが80年代に乗っていたクルマって、本当に百花繚乱で。それこそ「86レビン」(AE86型のカローラレビン)とか、日産でいえば「シルビア」だったり、楽しかったんですよね。マツダの初代「ロードスター」とか。それをMTで乗ってたりして。それが、運転は楽しいという原体験になっています。当時はCVTってほとんどなくて、基本的にはATとか、MTで乗るという世界でした。

:分かります。私はまだ、AEに乗ってます。軽くって、楽しいんですよ。今は、おかげさまで、MTのクルマを出せるような土壌になってきています。

:そうですよね。ちょっと前であれば、考えられなかった。

:MTの販売台数は知れているんですけど、ちょっと今、MTを頑張ろうよという雰囲気が出てきているんです。

岡野さん(以下、岡):設計の方でも、ほかの会社のクルマを並べて試乗会をやったりしています。昔はなかったんですが、最近、そういうことも始まりました。

:それはすごく、嬉しいんですよ。

:社内にはクルマ好きが、やっぱり多いんですよ。

:そうですよね、クルマのメーカーに入っているわけですから(笑)。

:言い方は悪いですけど、少し前は、「サラリーマンの仕事」としてクルマを作っていた部分があったのかもしれません。

:今回のカローラでも、セダンとワゴンにMTが設定されましたね。「カローラ スポーツ」にMTがあるのは分かるんですけど、これにはびっくりしました。クラッチが圧着しているのを感じながら走るのは、絶対に楽しいと思います。

これから、カーシェアが中心になってきたりすると、シェア用のクルマを大量に作ることになるのかもしれないんですけど、そうなると、マニアックな、自分で操れるクルマが欲しいという人たちの間では、欧州メーカーの独壇場になりそうで恐いんです。趣味のクルマは輸入車、シェアは日本車みたいになってしまうと、なんというか、ドリームがないじゃないですか。

:それは恐いです。やっぱり、魅力的なクルマは作り続けたいと思います。クルマの根本は「乗って楽しい」「運転して楽しい」なので、そこをしっかりと作り込みたいというのが我々の思いです。

:クルマの原体験でいうと、私が初めて買ったクルマがホンダ「シティ ターボⅡ」の中古だったんですよ。強化クラッチつきで、「無限」のホイールを履いてました。車屋さんの友人がいるという友達に、「ある程度速くて楽しいクルマを50万円以内で見つけて欲しい」と頼んだら、そのクルマが48万円ということでしたので、48回ローンで手に入れたんです。それで「ヤビツ峠」なんかを走っていたのが原体験なので、それ以降、どんなクルマに乗っても、クラッチは軽く感じます。

:私も重いクラッチが好きですね。わざわざ取り替えるくらいです。

:私は異常といいますか、多少はクラッチが重くてもMTなら、渋滞でも楽しいですから。

:私は最初のクルマが三菱の「GTO」でした。昭和40年代のクルマで、それもクラッチがすごく重かった。

:そういえば教習所って、「坂道発進」などと名前を付けて上り坂で「半クラ」をさせたりしますけど、半クラって、よほどのことがない限り、普通はしないですよね? あんなのを教えるから皆、MTが嫌いになるんですよ……あ、次の試乗の時間ですか? すみません、ありがとうございました!

  • 「C-HR」のシフトを操作する安東弘樹さん

    MT好きたちの共鳴が始まったところで惜しくもタイムアップ!

MT論議が熱を帯びてきたところで、次のクルマに試乗する時間となってしまった。今度のクルマは、ダイハツのライトウェイトスポーツカー「コペン」の「GR SPORT」モデルだ。