編集部注: 本稿は、2012年3月15日にAndorid情報のWeb専門誌「AndroWire」に掲載した記事を再構成したものです。
MWCを取材してきた
Mobile World Congressは、もともとはGSMのイベントでした。EU圏は、GSMの開発にあたり、米国モトローラーは入れたものの、基本的にEU圏の企業のみでGSMを立ち上げました。
その後、IMT-2000がITUから提案され、3Gは世界共通を目指しました。このために基本で利用する周波数を2100MHzとしたのです。ここで、EU圏は日本と組み、無線部分は日本の方式、ネットワークはGSMの方式とした3G規格を提案します。これに対抗したのが、米国のQualcommです。前者は3GPP、後者は3GPP2というグループを作り、結局、ITM-2000は複数の方式で、多数のバンドに分かれることになったのです。
この時点で、実は米国は劣勢でした。かろうじてQualcommがCDMA技術の基本特許を押さえていましたが、米国内の携帯電話の利用は文字が中心。日本がiモードだ、EasyWebだと騒いで居ていたとき、アメリカの人は、ただ通話するだけだったのです。
それから時がたち、日本やEUで行われている携帯電話によるインターネットアクセスなどに目を付けた鋭い人がいて、米国でパソコン並のWebブラウザを搭載した携帯電話を発売しました。米国内にはほとんどライバルがいないのですから、あっというまにその携帯電話、なぜかスマートフォンとよばれたiPhone(アイフォーン)は、米国を席捲します。
二匹目のドジョウはいるものです。グーグルがAndroidを出すと、多くの端末メーカーがこれに飛びつきました。なにせアイフォーンは一機種のみ。Appleの条件を飲まないと売らせてもらえないのですから。そしてあっというまに米国企業がスマートフォンを押さえることになりました。
実は3匹いた
実は、ドジョウは3匹いました。マイクロソフトは、1987年頃に「スマートフォン」を作ると言い出しました。携帯電話へのマイクロソフトの進出に驚いたEU圏では、急遽、集まってスマートフォンの開発を行います。そのために作られたのがSymbianです。ただし、当時は、インターネット技術もそれほど発達しておらず、誰もがインターネットメールのアドレスを持っていたわけでもありません(EU、日本、アメリカでインターネットの普及に違いがあった)。つまり、先行するSymbianやマイクロソフトのスマートフォンがあって、アイフォーンがすでに2匹目だったというわけです。
iPhoneが出たタイミングは、Googleが登場し、GmailやGoogle Mapsなどのインターネット上でのサービスが充実した時期、自宅や会社でパソコンで使っているサービスを外出中にも使いたいと多くの人が思い始めた時期でした。先行するSymbianやWindows Mobileは、この「波」に乗れませんでした。理由はいろいろとあるでしょうが、1つにはGoogleとの関係をうまく築くことができなかったという点。もう1つはPCと同等のWebブラウザという発想になかなかたどり着けなかったという点が大きいでしょう。たとえば、地図サービスは、iPhoneではGoogle Mapsを使っているのに対して、Windows Mobile、Symbianは独自サービスの構築に走り、地図を使ったエコシステムを作り損ねました。
スマートフォンとは、ハードウェアではなく、その上のソフトウェアの問題です。Symbianの元になった英国、PSION社はいい仕事をしていましたが、オペレーティングシステムを開発者に普及させるという点で、アメリカのPC業界で育った企業のほうが1つも2つも上手だったのです。さらにApple社は、個人でも有料のアプリを販売する仕組みを立ち上げます。最初は、アプリのインストールを許さずWebサービスを使えと言っていたジョブズですが、JailBreakで登場したさまざまなアプリケーションの世界を見て、手のひらを返したように、アプリを礼賛します。頭のいい人は違うのものです。この人のことを書いた本が売れるはずです。ですが、金持ちになる本と一緒で、この本を読んでもジョブズにはなれないし、自分の経営している会社がAppleになるわけではありません(そこに気がつかない人が大勢いるのは残念なことです)。
静かなる戦い
Appleは、MWCには出展もしていませんが、会場内のあちこちにiPhoneや関連商品があり、iPhone向けのサービスやアプリのデモが行われています。「姿無き出展者」という感じです。逆にMWCの会場にGoogleは、巨大なブースを構えています。アンドロイドの各バージョンのコードネームと同じ名前の飲み物(スムージー)を無料で配り、今回は、本物の食べられるアイスクリームサンドイッチです。
その会場には、Android関連の企業が多数出展しています。Googleは、遊園地のような巨大なブースを作り、その中にサードパーティの小さなブース(スタンドというべきでしょうか)がたくさんあります。
もちろん、端末メーカーのブースへいけば、ほとんどがアンドロイドです。Googleは、Androidに関連する企業のすべてにAndroidのマスコットを配り、ブース内の受付に置かせています。昨年も、今年もこれを使って、多数のピンバッチを配布しました。海外では、ピンバッチを集める人が多く、ピン目当てにブースを回ってもらおうというわけです。昨年は80種類のAndroidピンバッチが会場内で配布されたようですが、今年も多数のピンバッチが配布されています。
会場に行くと、姿は見えませんが、iPhoneとAndroidが闘っています。本人は闘わずに、気や守護霊、召還した魔物が闘うアニメのようです。昨年、今年と、Apple社は、MWCが終わったあとにiPadを発表しています。昨年は、Android 3.0が発表されたため、多くの企業がMWCでタブレットを発表したものの、その後のiPad2に話題を持って行かれました。今回は、あまりタブレットの発表が多くなかったのは、そうした事情も理由の1つでしょう。唯一目立ったのは、SamsungのGalaxy Noteです。今回のSamsungブースは、Note一色という感じでした。ペンを使うことで、iPadを含め他のタブレットとの差別化ができると考えたのでしょう。
MWCでは、Android以外の普通の端末も展示されているのですが、遠くからわざわざバルセロナに来てまで、普通の携帯電話を話題する人はほとんどいません。しかし、Androidは、メーカー独自アプリを除けば、基本的には同じで、この点でいえば、普通の携帯電話のほうが違いが大きいのにも関わらず、話題はスマートフォンです。今回、NOKAIがカメラ機能に特化したスマートフォンを発表しましたが、これはSymbianでした。しかし、そのニュースは、Android端末に比べるとそれほど多くありませんでした。もはや、MWCは、スマートフォンというよりも、AndroidとiPhoneの戦場と化しているのです。
今年の中心は、低コスト端末か
取材した感じでは、Android端末は、ハイエンドモデル中心から、普及価格帯のモデルへと移行しそうな感じです。昨年のMWCでは、デュアルコアやタブレットが目立ちました。Honeycombのリリース直後であり、多くのタブレットが登場したからです。タブレットとなると、スマートフォンよりも高性能を求める部分があるため、プロセッサもデュアルコアという方向でした。
プロセッサのクワッドコアは、昨年中にNVIDIAがTegra3を発表して今年出荷が行われ、今回のMWCでは、クワッドコアが全盛だった……というとそうでもありません。多くのプロセッサはデュアルコアをメインとしていて、クワッドコアばかりというわけでもないのです。前述のように、スマートフォンのビジネスが、普及期に入り、ハイエンドから、普及価格帯へとシフトし始めたからだと思われます。今年のメインになるであろう、ICSことAndroid 4.xは、1GHz程度のシングルコアプロセッサでも動作します。今年は、低価格のスマートフォンでも1GHzクラスのプロセッサが投入され、メインストリームがデュアルコア、ハイエンドがクワッドコアという感じでしょうか。アプリケーションプロセッサメーカーには、NVIDIAのようにハイエンドを狙うメーカーもあれば、Broadcomのように低コストなマシンを狙うメーカーもあります。また、ARM社は、安価なスマートフォンを開発可能なCortex-A7を昨年発表しています。
Broadcomは、Cortex-A9シングルコアで、ベースバンドプロセッサとアプリケーションプロセッサを統合したワンチッププロセッサを発表。これにより、1GHzクラスで150ドル程度の端末を作ることが可能になるという |
なので、今年、おもしろいのは、最初から低価格を狙った製品です。中国で作るから安いというのではなく、画面解像度を押さえ、低コストなプロセッサを使い、システム的に低価格を狙った製品が多数出そうです。スマートフォンでは、ビデオ処理や静止画、音声などの処理は専用プロセッサを使うため、オペレーティングシステムやアプリケーションを実行するアプリケーションプロセッサの性能の差が見えにくくなっています。実際、低価格な製品の中には、ARM11コアを使うものもあります。もちろん、高い解像度や、日本語処理の高速さなどを求めることはできませんが、地域によっては、これでOKというところもあります。Samsungなどは、昨年71機種ものGalaxyシリーズ(Android)を発表していて、このうち30機種はクロック周波数が1GHz未満の中位、下位機種でした。
低価格になってくると、普通の携帯電話同様、中身はほとんど同じでも、外側のデザインが違ったり、ソフトウェアで味付けするなどのバリエーションが増えてきます。また、新興国市場を狙うときにも、地域性を考慮せねばならないため、必然的にバリエーションが増えることになるのです。
国内のスマートフォンは、相変わらずというところはあるのでしょうが、世界的に見ると、今年は、端末のバリエーションがさらに増えそうな予感がします。