全国各地で勃発する嫁姑問題。Twitterでは3人の男の子を子育て中の秋山さんの義母ツイートが話題を呼んでいる。「孫の誕生日プレゼントは水ようかんの空き容器」「手土産にお菓子よりも現金を要求する」......そんな衝撃的な義母との終わらない戦いに挑む秋山さん。今回は「機種変更した日」の話をお届けしよう。
スマホを機種変更した日
先月、スマホの機種変更をした。毎年新しい機種が発表されるたびに「今年こそ」と思い続け、気づけば5年経っていた。この5年で、3歳だった長男もランドセルを背負い小学校に通う年になった。家族も2人増えた。どこかで一区切りつけなければと思い、重すぎる腰をあげてついに機種変更をするに至ったわけだ。
スマホはネットで予約し、1週間ほどで自宅に届いた。前回機種変更をした時は店舗へ行き、待ち時間を含め2時間程度かかった記憶がある。私の記憶の中の機種変更は、一日がかりの一大イベントだ。そんな大仕事を一人で出来るのかと不安になったりもしたが、ここ5年の技術の進歩はすさまじいものだった。新しいスマホの電源を入れ古いスマホの近くに置くと、自動でデータ移行が始まったのだ。令和万歳。
義母とのLINE攻防戦
LINEのアカウントも滞りなく引き継げた。仕事は元より、保育園のクラス役員やPTAの連絡もすべてこのアプリが担っている。最近ではお義母さんとのやり取りもLINEになった。義実家のグループLINEでは毎日、何を買っただの、今日の天気はどうだの、田舎のケーブルテレビと同じくらいささやかな情報が流れてくる。
正直返事にも困る状況なのだが、たまに不意打ちで「それでは秋山ちゃん感想をどうぞ」と言ってくるもんだから気が抜けない。グループを退会したい、だがどうしても最後の一歩、勇気が出ないのだ。しかし考えてみてほしい。このたび私はめでたく機種変更をした。機種変とは、新しいスマホで一から出直すことを意味する。この機を逃すと次は5年後になるかもしれない。やるなら、今だ。
「あ、お義母さんですか、私です」
電話がつながる。名乗ってすぐに要件を話す。そうしなければ、お義母さんは一瞬の隙をついて自分の話を始め、私は一日のうちの貴重な20分を確実に消耗してしまうからだ。しかも大体は事前にLINEで知った情報だ。
「実はスマホの機種変更をしたんですけど、どうしてもLINEの引継ぎがうまくできなくて……」
お義母さんが何かを言おうとする気配を察したが、構わず続ける。
「アキさん(夫)にも見てもらったんですけど、原因が分からないんです……」
私が何か「できない」「わからない」と言うと、お義母さんは必ず「アキちゃん(夫)に相談なさい」と言う。息子なら何でも知っているという絶対的な自負があるのだ。その芽は先に潰しておく。
「アキちゃんでも分からないなら、大変ね……」
お義母さんの「大変」の物差しは、アキちゃんが知っているかどうかで決まる。アキちゃんが知らなければ世の人間の9割9分は知らないことだと信じている。私もあまり突っ込まれないように、「はい、また何か分かったらすぐに連絡します。当分LINEは出来ないのでよろしくお願いします……はい、はい」と困った風を装う。
無事に移行は完了したけれど
電話を切った瞬間は実に清々しかった。約一年間、痛みに耐えてよくがんばった。これで煩わしいグループLINEとはおさらばだ。義実家からのメールは2日寝かせて3日目に返事をするくらいがちょうどいい。
達成感で満たされた私は、Wi-Fiの設定をしていないことに気が付いた。パスワードを夫に聞こう。そう、アキちゃんはなんでも知っている。
先ほど引継ぎが終わったばかりのLINE画面を開き、Wi-Fiのパスワードを出張中の夫に尋ねる。返事がすぐに来る。ほどなく入力したパスワードでWi-Fiはつながり、これで私のスマホは完全体となった。
夫にお礼を言っておこう。データ移行の間に来ていた友達や仕事のLINEに返事をしたあと、テレビを見ながら鼻歌まじりにフリックしていく。
「うまくいった」
送った瞬間に「あっ」と声が漏れた。間違って夫ではなくお義母さんに送信していたからだ。一瞬で血の気が引き、ソファーから跳ね起きた。
今年一番頭をフル回転させ考えた。先ほど「LINEができなくなります」と伝えてからの『うまくいった』……これじゃあまるで故意にLINEを抜けたことを「(作戦どおり)うまくいった」と誤爆したみたいではないか。夫とお義母さんの登録名はローマ字表記でよく似ていて、過去にも私は間違って「帰りにおむつ買ってきて」とお義母さんに命令をした前科がある。
あの時と同じようにメッセージを取り消すか? いや、すでに既読がついている。却って悪手だ。どうする、どうすればこの最悪な状況をひっくり返せる―――この間たぶん5秒ほどだったと思う。私は咄嗟に『?』を送信した。
『うまくいった?』
これなら私がどうにか試行錯誤してお義母さんとのLINEを復活させることに尽力したように写るのではないか。姑にタメ口をきいてしまった事はもうこの際考えない。これにもすぐ既読がつく。即座に畳みかける。
「あ、つながりましたね!! よかったです。どうにかLINE復活しました!」
不自然なほどのスピード復旧。清々しいほどの手のひら返し。そんなこと私が一番よく分かっている。人は焦るとビックリマークが異様に増えるらしい。冷や汗が止まらず、先ほどからテレビの音も入ってこない。既読がついているのに返事が来ないことが私を更に焦らせた。
「見れてますか?」
「寒くなりましたね、うちはまだ半袖です」
「来月はもう冬ですか?」
「これからもよろしくお願いします!!!」
立て続けのメッセージ攻撃。異常なハイテンション。そう、やけくそだ。お義母さんとのLINEではスタンプの使用は禁止になっているが、連続で2つ送った。LINEができないと嘘をついたことがバレるよりは、タメ口とスタンプ使用罪で叱られた方がましだった。
翌朝、お義母さんから「良かったわね、それはそうと……」と昨日行列のできるパン屋で買い物をしすぎたが、何とか一日で全部食べきった、というメッセージが来るまではまるで生きた心地がしなかった。
その日の夜、夫から「そういえばWi-Fiつながった?」と連絡がきた。つながったのはWi-Fiだけじゃなかった。
●義実家のグループLINEに入ってしまった話はこちら
「あなたは家族なの」ついに入れられた義実家グループLINEで目にしたもの