全国各地で勃発する嫁姑問題。Twitterでは3人の男の子を子育て中の秋山さんの義母ツイートが話題を呼んでいる。「孫の誕生日プレゼントは水ようかんの空き容器」「手土産にお菓子よりも現金を要求する」......そんな衝撃的な義母との終わらない戦いに挑む秋山さん。今回は「義実家に送るお中元」の話をお届けしよう。

  • 今年のお中元は何にする?

    今年のお中元は何にする?

毎年恒例の義実家へのお中元

今年も義実家へお中元を贈った。別に誰かに頼まれたわけでもないし、向こうからお返しがくるわけでもない。お礼を言われたこともないが「お金のほうが嬉しい」と言われたことは何度かあった。ニューノーマルな時代だし、これを機に止めてしまえばいいのだが、なんとなくこの年まで続いている。

数年前のことだ。6月に生まれたばかりの次男をゆらゆらと抱っこで寝かしつけながら私は考えていた。今年は何を義実家に送ろうか―――。昨年送った果物の詰め合わせは「自分で皮を剥けということか」と苦言を呈され、その前に送ったそうめんは「2人家族でこの量を食べきるのに何日かかると思っているのか」と問題を出された。洗剤はきっと香りの好みがあるだろうし、お菓子は「ダイエットしているから」と事前に断られている。

「じゃあ何がいいんですか」と聞けばそりゃあの2人のことだ、「カネ」としか言わないだろう。お金はダメだ。お金以外で、何か喜びそうなもの……考えた末に出た答えは「肉」だった。肉は裏切らない。

義実家は皆揃って強靭な胃袋を持っている。お義父さんは65を過ぎた今でもマクドナルドが大好きだし、週に一度は背油のたっぷりかかったラーメンを食べる。お義母さんもとんかつは脂身の多いロースを頼むのが定石で、「この脂が美味しいのよね」と言いながらすべて平らげる。その遺伝子は夫にも受け継がれているようで、焼き肉に行くと見ているこっちが胸焼けするほどの肉を焼いた上で「カルビ、モットタベタイ」と言う。

お中元に肉。確か結婚した頃にも一度送ったような気がする。あの時はなんと言われたか……よく思い出せないが、どうせ褒められることはないのだからと早々に注文ボタンを押して支払いを済ませた。

お中元の感想は……

そしてお中元のことなどすっかり頭から抜けた7月末、お義母さんがアポなしで我が家にやってきた。日焼け対策でかぶったつば広の黒い帽子は、お義母さんの鼻先が隠れるほど大きく、同じ色で揃えられたアームカバーとネックカバーからは、沸き立つほどの熱気と香水の匂いが立ち上っていた。産後で寝不足の私はその姿を見て直感的に(荒れ地の魔女だ)と思った。

お義母さんは家に上がると口をちゅぱちゅぱ鳴らしながら言葉にならない音を出して次男をあやし始めた。ひとしきり遊んだあとに「そういえばあなたね」と顔をあげる。先ほどの笑顔と高い声はどこへやら。その目は少しも笑っていなかった。

「ハムとソーセージが来たわ」

贈り物を受け取った人間の表情とは思えなかった。ハスキーな声と相まって、一層魔女っぽさが増している。

「あっ届いたんですね、どうでした?」
「まだ食べてないわよ。食べ方が分からないんだから」

ここで「もしかしてソーセージを見るの初めてでした?」なんて野暮なことを聞いてはいけない。お義母さんが言いたいのはそういうことではない。

つまり『ソーセージみたいな食べ方のレパートリーの少ない物を贈ってくるな』ということだ。平民は茹でるか焼くかしてそのまま食べるのが好きなのだが、魔界ではそういった食べ物を好まないらしい。

ああそういえば前回肉を送った時もそんなやり取りをした気がするなー……とぼんやり反省しながら、「ハムはどうでした?」と聞くと、「切る手間を考えると全然食べたいと思わない」という理由でまた怒っていた。あの塊を好きな厚さで切るのが高級ハムの醍醐味なのに……と思いはするが口には出さない。

そのあともひとしきり、家が汚い、次男におっぱいは足りているのか、仕事もせずに暇なんだから何か資格でも取ったらどうだと、嫌な姑のテンプレを一通りなぞると、満足したのか部屋中に香水の香りを残して帰って行った。

肉の行方

翌週、今度は私が義実家へお邪魔した。子どもたちと楽しく遊ぶお義母さんを見ながら台所に立つ。冷蔵庫を開けると、案の定私の送った肉たちは手付かずで眠っていた。

「お義母さんせっかくだから食べましょうよ」

そう言って放置されたお中元たちを開封するのがここ数年私の仕事になっていた。適当に切って焼いて野菜を添えて2人に出す。お義父さんはもとより、あれだけ文句を言っていたお義母さんもしっかり食べていた。「美味しい」と「ありがとう」を言うと死ぬ呪いにかかっているので決して声には出さないが、完食した。

「これだけ食べてもまだこんなにあるの!? パパと2人暮らしなのに困っちゃうわ」

食べ終わったあとに冷蔵庫を覗いて文句を言うことは忘れない。

「そしたら少し持って帰ってもいいですか?」

考えてみれば、昨年送った果物も、一向に食べる気配がないので結局私が皮を剥いたのだ。メロンも桃も驚くほど美味しかった。その前のそうめんは「食べきれないなら」といくつか貰って帰った。お義母さんは知らないだろうが、お中元は毎年夫のカードで買っている。大好きな息子からの贈り物なのだからもう少し感謝をしたほうがいいのではと思うが、私としてはご相伴にあずからせてもらえてこんなラッキーなことはない。

あれだけ文句を言っておきながら、私の申し出を聞いた途端お義母さんは血相を変えて「ダメよこれは頂き物なんだから!」と言って肉に覆いかぶさった。その姿が「あたしんだよ!」と言ってカルシファーを独り占めしようとした荒れ地の魔女の姿とまた被った。

もう4年も前の話だが、なぜ今そんなことを思い出したかというと、今年のお中元もハムとソーセージにしたからだ。今年も魔女は来るだろうか。