全国各地で勃発する嫁姑問題。Twitterでは3人の男の子を子育て中の秋山さんの義母ツイートが話題を呼んでいる。「孫の誕生日プレゼントは水ようかんの空き容器」「手土産にお菓子よりも現金を要求する」......そんな衝撃的な義母との終わらない戦いに挑む秋山さん。今回は「長男の乳歯と夫の乳歯」の話をお届けしよう。
長男の抜けた歯が引き出した記憶
小学生の長男の乳歯が抜けた。最初こそおっかなびっくりで抜けた歯を見ていた長男だが、その後は抜けるたびにすべて丁寧にチャック付きビニール袋にしまい、日付と抜けた箇所をマジックで記録していった。
たまに見返しては「もう子どもの歯には戻れないってことか……」と物憂げだ。
週末、義実家へ行った。歯の抜けた孫の顔を見た義父が「軒下に投げたのか?」と聞いてきた。思えば私も幼少期、上の歯は軒下に、下の歯は屋根の上に投げた記憶がある。立派な永久歯が生えてきますようにという願いを込めた昔からの風習だ。
「今は手元に残しておくこともあるみたいです。乳歯ケースも色々種類があってかわいいんですよ」
まだ買ってないんですけど、と言いながらネットで画像を見せると、意外にもお義母さんの方が食いついてきた。
「あら本当ね。私もアキちゃん(夫)の乳歯は全部保管しているのよ。こんなかわいいケースがあって今の子たちが羨ましいわ」
どちらかと言えば歯など抜けたそばからすべて投げるイメージだったお義母さんが、大事に乳歯を保管してあることが私には意外だった。
「……特別に、見せてあげましょうか?」
私の傍までやってくると、お義母さんは小声で囁いた。私だったら河童の腕かツチノコの標本を持っている時にしかこの顔はできないだろう。
そして残念ながら大して興味はない。むしろこれが自分の歯だとしても結果は同じだ。しかしお義母さんは「あなた、アキちゃんの歯を見たくてたまらないんでしょう?」と言わんばかりの表情でこちらを見つめてくる。
「え、いいんですか!?」
いやもうこう言うしかないだろう。ここからまた数十分歯の話を聞かされるのか……とため息が漏れそうになった時だった。
「やめとけ」
声をあげたのは、お義父さんだった。いつもの呆れ気味の言い方とは明らかに違う。あれか、本家の長男の歯はそんな簡単に人目に触れさせてはいけないものなのか。それなら私は潔く引き下がろう。大丈夫、見せてくれなくて大丈夫。
「あらパパ、でも……」
「お前、10年前のことを忘れたのか」
お義父さんの発言に、二人の間に沈黙が流れた。顔には出さないが、お互い何かを内に秘めているようだった。10年前に、一体何が。
「でも、あの時よりは少し……」
「よく思い出せ。どうしてもというなら、またS先生のお世話になることになるぞ」
お義父さんはもう一度首を振って「諦めろ」と言った。お義母さんも、言おうとした言葉を飲み込む。少しうなだれたようにさえ見える。結局その日、乳歯は見せてもらえなかった。
10年前の真相を知りたい
義実家からの帰り道、私はずっと考えていた。夫の乳歯が一体どうしたのか。いわくつきで、どこかで死人でも出たのか。色々聞きたいことはあったが、当の本人たちは私に聞かれたくないのかぼんやりとした会話しかしないのだから、どうすることもできない。
夫にも帰ってから尋ねてみた。しかし案の定首をひねり「どうしたんだろうな」としか言わない。私には分かる。とりあえず話を合わせるために考えているフリをしているが、手がしきりに首筋を触っている。(別にどうでもいいかな~)という時のサインだ。おまけに視線は先ほどから何度も机の上に置かれたスマホに向けられている。これは典型的な(早くソファーでゴロゴロしながらスマホをいじりたいな~)の時の顔だ。
私も乳歯自体は別にどうでもいい。でもあんなやり取りを目の前でされると気になるではないか。S先生とは誰なのか。私の険しい視線に気づいたのか、ソファーでゴロゴロスマホ顔だった夫の意識が私に向いた。
「俺から聞いてみようか?」
まあ最後はそれしかないか。オカルトっぽい話だったら色んな意味で義実家に行きにくくなるから早めに切り上げて大丈夫だと伝えた。
数日後、仕事帰りに義実家に寄ってきた夫から調査報告が入った。
「聞いてきたけど、あまり楽しい話じゃなかったよ」
ゴクリ、と息を飲む私。
「10年前に俺たちが結婚することになった時、母子手帳とへその緒をもらったことを覚えている?」
覚えている。
「その時に、本当は乳歯の入ったケースもくれるはずだったんだけど―――」
げげ。
「うちってさ、結構物で溢れて汚いじゃん?」
そんなことないよ、とは言えなかった。
「どこに乳歯の入った桐箱をしまったか忘れて、家中を探し回ったらしい」
そして最終的に、夫婦の寝室以外にはあり得ないという結論になった。併設されたウォークインクローゼットは両サイドに箱が積まれ、ジェンガの最終局面のように誰が最後の振動を加えるかという状況だったという。
その中を義父が慎重に掘り進めていた途中だった。
「上から段ボールが降って来た」
私は凄惨な現場を想像して思わず口元を押さえた。義実家の寝室は見たことがないが、なんとなく想像はつく。
「その段ボールを片づける途中でおやじがぎっくり腰になって、おふくろは膝を痛めた。そこまでしたけど結局乳歯ケースは見つからなかった。10年経ってそれを忘れたおふくろがまた言い出したから、おやじが止めたってだけの話だよ」
「じゃあ、S先生って?」
「近所の整形外科医」
それは……確かにお義父さんが止めるのも無理はない。健康は何よりの宝だ。
「いつか見つかるといいね……」
「ああ、そうだね」
言いながら夫が腕を組んで天井を見た。(今日はどの酒を飲もうかな~)の時の顔だった。
▼義実家の家の中を描いた回はこちら
【前編】恐怖の地下室!? 義実家に隠されたトラウマ級の秘密とは