全国各地で勃発する嫁姑問題。Twitterでは3人の男の子を子育て中の秋山さんの義母ツイートが話題を呼んでいる。「孫の誕生日プレゼントは水ようかんの空き容器」「手土産にお菓子よりも現金を要求する」......そんな衝撃的な義母との終わらない戦いに挑む秋山さん。今回は「超ショートスリーパーな義母」の話をお届けしよう。

  • よく眠る嫁と全く眠らない義母のお話

    よく眠る嫁と全く眠らない義母のお話

睡眠は娯楽

私は寝るのが好きだ。限界まで好きなことをして、そのまま布団に潜り込み眠りに落ちる、あの瞬間がたまらない。ふうーと一つため息をついて(楽しかったー……)と余韻に浸りながら、気付いたら朝だったなんて日は一日得した気分になれる。

そのどちらも子どもが生まれてからはできていない。寝かしつけをしている途中に、ほぼ気絶状態で意識を失ってしまう。お義母さんは睡眠時間が異様に短い。毎日趣味の数独を深夜1時までやって、朝は遅くとも6時には起きている。なので私がヘロヘロになって起床する頃にはすでにエンジン全開で、私がヘロヘロになって布団に入る頃もまだフルスロットルの状態でいる。燃費のいい車でもここまで走り続けることは不可能だが、お義母さんの人体はそれを可能にした。

「寝ている間は好きなことが一つもできないので、一分でも長く現実世界にいて誰かと喋りたい」と言うお義母さん。「睡眠こそが娯楽。究極のエンターテインメントだ」という私。両者は一生相容れることはないだろう。

ポーランドの天文学者、コペルニクスは、宇宙の中心には太陽があり、その周りを惑星が回っているとする太陽中心説を唱えた。対する日本のショートスリーパー、お義母さんも、物事の中心には常に自分がいて、そこに合わせて他の人間が立ち回るのが世の常識であるという自己中心説を持っている。

なので平気な顔をして朝の時間に電話をかけてくる。運悪くスマホをいじっている時に取ってしまうと、長い長い世間話に付き合わされることになる。厄介なのは、朝の7時は全世界の人間が一通りの家事を終えゆったりしている時間帯だと本気で思っている点である。危険な思想だ。世が世なら裁判にかけられてもおかしくない。

寝られないマウント大会

あれは長男が生後2カ月の頃だった。この時期の長男は2~3時間おきに授乳が必要だった。それは昼でも夜でもお構いなしで、深夜2時や明け方5時に起きるのが、寝ることが好きな私には心底こたえた。

そんな話を、義実家に行った時にお義母さんにしたことがある。言っても低月齢の頃の頻回授乳など育児あるあるだ。別にアドバイスや慰めなどいらない。「私もそうだったわー」などと言いながら場が盛り上がれば、それでいいと思った。

「朝5時にミルクをあげると、そのまま目が覚めて寝てくれないこともあって――」

私が笑いながら話していると、お義母さんは途中で自分の声をかぶせてきた。 「アキちゃん(夫)は小児喘息だったから、一晩中私が抱っこして、一睡もしないで朝を迎えた日もあったものよ」

一瞬何が起きたか分からなかったが、私が「辛い」と感じた話にすかさず「私の方がもっと辛い経験をしている」と馬乗りでマウントを取ってきたのだ。別に誰が一番苦労しているか競う大会を開いたわけじゃない。「それも過ぎてみたらいい思い出になるわよ」とかそんなコメントで良かったのに、「それは大変でしたね……」と私が逆にお義母さんを労って帰ってきた。

早朝5時のメロディ

翌日、いつものように早朝5時に目が覚めた。もともと眠りが浅いのに、ホルモンの影響なのかこの頃は長男が泣き出す前の物音で目が覚めるようになっていた。長男が体をよじり覚醒しようとしている。重たい体を起こし、抱き上げ、授乳する。その間、意識が飛ばないよう、スマホをぼーっと触るのが日課だった。と言っても前回2時に起きた時とヤフーニュースは何も変わっていない。私以外の世界は今眠りについている。

何か真新しいことはないかとスクロールをしていると、急に画面が暗転し、軽快なメロディが鳴った。早朝5時だ。画面にはお義母さんの名前。何かあったのかと思い小声で電話を取ると、「おっはよーございます!」と元気な声が聞こえた。「……え、どうしたんですか」とぼそぼそ喋る私と「もう孫ちゃんは起きているかなー? もちもちー?」と孫に向かって喋る姑。早起きした人というよりは、3日くらい寝てない人間のテンションだった。

恐ろしくなった私がもう一度「どうしたんですか」と尋ねると「朝5時に起きてるって言ったから電話をしてみた」と言うのだ。私が殿様だったら打ち首にしていたと思う。

「私の頃は携帯電話なんてなかったから、アキちゃんが小児喘息で苦しんでいる時は、ひたすら子守歌を唄って聞かせたわ。私があの時、どんな支援が欲しかったんだろうって思い返した時に、それが誰かとおしゃべりする時間だって気付いたの。どう? 誰かと喋ると少し元気が出るでしょ?」

ふふん、と最後の方は少し誇らしげだった。私は瀕死の体力でそれを聞いた。今の私に必要なのはつまらない思い出話を聞く時間ではない。睡眠なのだ。

2日連続でアキちゃんが小児喘息で苦しんだ話を聞かされ、気付くと外が白み始めていた。あの頃、私はこの瞬間がたまらなく嫌だった。寝ていないのに朝が来てしまったという絶望感。腕の中の長男は完全に覚醒している。また長い一日が始まる。

お義母さんはこの日私に電話をしたあと、歌舞伎の勉強会に出かけて行ったらしい。趣味の絵画展にも足を運び、夜はデパ地下の総菜を買って帰った。夜はいつもの数独にじっくりと取り組む。底なしのエネルギーだ。そして私がなぜそんなにお義母さんの行動を細かく知っているかと言うと、その次の日も間違えて電話を取ってしまったからだ。頼むから寝かせてくれと思った。