直近の航空業界トピックスを「ななめ読み」した上で、筆者の感覚にひっかかったものを「深読み」しようという企画。今回は、維持可能な地域航空の行く末、ANAビジネスジェットのビジネスビジョンについて取り上げたい。
国交省「持続可能な地域航空のあり方に関する研究会」が最終とりまとめを発表
国交省は3月27日、平成28年6月から行ってきた「持続可能な地域航空のあり方に関する研究会」の最終報告書をまとめた。「長期的視点で地域航空を担う組織のあり方自体を抜本的に検討すべき」とし、経営統合や合併による1社化も視野に実務的な議論を行う場を設定し、30年末までに方向性を得ることを提言している。
地域航空の新事業を制限しない政策を
以前、「地方航空会社は誰が救済するのか」で取り上げたように、国交省は小規模地域航空会社の存続可能性に危機感を持ち、現存する地域エアラインを地元補助頼り、親会社頼りにならずに存続させる方策について検討を行ってきた。
検討過程においては、少しでも運航コストを低減させるため機材の共同保有会社の設立なども議論された。しかし、各社機材に統一性がない中でコスト削減効果が少ないため、もっぱら「持株会社設立による経営統合」「合併による運航会社の一社化」に焦点を当てた考察が行われ、これに向けた利害関係者の協議の場を当局が設定し年末までに具体的な組織形態を決めることとなった。
同研究会の背景をめぐっては様々な憶測もなされ、「仕掛け人はいるのか」「誰が得をするのか」など喧(かまびす)しい意見も交わされた。離島を含めた地域航空ネットワークにおいては、HACやJACを運航するJALグループが優勢と言われ、これが東京=鹿児島/札幌線という主力路線での力関係(運賃決定や旅行代理店との緊密性において有利になる)に影響を及ぼしているとの見方もあることから、その平準化を企図したANAの狙いを踏まえた対応なのではとの声も少なくない。逆に、JALとしてはあえて現状を変える動機がないことから、「数年は様子見」との立場と見られる。
他方、本件が解決を急ぐべき課題として認識されるのは、地域・地方路線は「月夜の晩は大丈夫だが、闇夜の晩には何が起こるか分からない=エアラインの経営基盤が安定している間は大丈夫だが、燃油費の高騰や国家間の政治危機などが起こったら、たちまち地域航空会社の経営が圧迫され、それを親会社が救済する余裕がなくなるなどであっという間に不採算地域路線は消滅してしまう」と言われているからだ。その際には、航空会社間の経営事情にも差が出ることで一部地域だけが不便を被ることも考えられるため、国として早急に全体的な路線維持の仕組みを構築していこうというわけだ。
研究会が打ち出した「経営統合」や「合併・一社化」が、運航会社のコスト構造を大きく改善する解決策であることは事実だが、他方、航空各社にはそれぞれの利害得失がある。また、九州域内の統合といっても各県民意識には脈々と「藩」の意識があり、その壁は低くないと言われている。2017年にJAL大西賢会長(当時)は、「経営統合を行うには地域の意思を尊重することが前提」と述べているが、大西氏はJACの元社長を経験していることもあり、「鹿児島が嫌だというなら、長崎と無理やり統合するのは避けるべき」という趣旨と受け止められている。
その意味では、「維持可能な地域航空」に向けた対応策として各所から様々な議論や試案も交わされるだろう。JALとしては、九州地域航空会社(仮)でANAと共存することを望まないのであれば、まずJACとの経営統合によって天草エアラインの安定を模索し、そこにJTA(該社自身はリージョナルエアラインでなくフルサービスキャリアとの認識だが)を加えた地域持株会社を作り、地元支援協力を前提に、JALが九州・沖縄の地域路線にコミットするような形態もひとつの「頭の体操」になり得るし、第三者がこれを頭から否定することは難しいと思われる。
このように各社間の利害調整にはそれぞれの思惑が交錯し、複雑かつ困難なものとなることが予想されるが、当局は最終報告書に「地域航空輸送市場は競争よりも協力・連携が必要な市場であることを認識して主体的に考え、行動する必要がある」との文言を盛り込んだ。エアライン各社の利己的主張に警鐘を鳴らしつつ、何としても2018年末に結論を出す決意を強調したものだろう。
一方で、筆者としては今回の結論となる政策方針が、今後の地域航空での新しい事業のあり方を制限するものにならないことが必要だと感じる。2017年には奄美を拠点とする新航空会社設立の動きがあったし(結果的に会社は解散)、瀬戸内、東北にも様々な地域航空の可能性を模索する試みが存在する。
一口に地域航空と言っても、離島に代表される生活路線だけでなく、今後の地域活性化を支えるかもしれないインバウンド需要を狙った新たな地方路線もあり得るはずで、空港民営化の進展とともに、オペレーターと地方自治体との関係も「補助金漬け」から「創造的支援」に進化していくことが望まれる。それに対して、「運航会社は必ず統合持株会社の傘下に入らないといけない」とか、「単独の新会社は不可」等の制約がかかることは好ましくない。幅広い地域創生が行われ得る事業環境の確保にも留意された政策形成が望まれる。
ANAHD、双日、ホンダジェットとのビジネスジェット事業で戦略提携を発表
ANAホールディングス(ANAHD)と双日は3月28日、共同でビジネスジェット チャーター手配会社「ANAビジネスジェット株式会社」を設立すると発表した。またANAHDは、ホンダ エアクラフト カンパニーと戦略的パートナーシップを提携した。
競合数多な欧米より狙うは中国
ANAHDはホンダジェットと戦略パートナーシップを締結、双日とはビジネスジェットチャーター手配事業会社を共同設立した。ハイエンド旅客に対する新たなサービス提供の試みとして注目を集めそうだ。
ビジネスジェットの活用においては、2017年5月にJALがすでに仏ダッソー・ファルコンサービスと乗り継ぎサービスを開始している。今回のANAHDを中心にした3社提携の取り組みがそれと違うところは、「双日が成田で保有しているビジネスジェット(中大型機)7機による日本発のチャーター運航が可能」「ANAがホンダジェットの顧客開拓に協力する」あたりが大きなところで、現時点ではビジネスとしての際立った違いやすぐに事業化できる現実味はあまり感じられないというのが、筆者の率直な感想である。
その理由を考えてみると、ホンダジェットの活用効果については「誰がホンダジェットを何機購入し、どこに配置するのか」が明らかでないので、どこでどのようなサービスが可能になるのかが見えてこない。「日本からの定期便ファーストクラス~その先のビジネスジェット」の需要がどれだけあるかは、JALのファルコン社との実績が定かでないので明確には予測できないが、すぐにブレイクスルーが起きるとは考えにくいのも事実だ。
会社経費でぜいたく品とされるビジネスジェットの費用を負担できる日本企業はまだまだ少なく、現在は一部の自動車会社や超富裕層のオーナー会社社長が自家用ビジネスジェットを使用している程度である。一般企業においては、過度にストイックな監査体制や社員感情などが利用促進の壁となっているケースが少なくない。
また、定期便を使った巡回出張的な旅程の時間ロスを解消するために渡航先でビジネス機を利用するというのは、ハブ&スポークの確立した米国では「スポークの先から先」に移動するのが非常に不便であり、かなりのニーズはすでにある。そのため、これまでも欧米のビジネスチャーター会社により行われていた。これをANAやJALが仲介手配することで、劇的に増加するのかどうか。JALやANAが自社乗員による運航を行うわけでもなく、現地運航会社による遅延・欠航・事故等の責任をとるわけでもないので、日本ブランドの信頼性による大きな利用増加も期待しにくいと思われるからだ。
米国には古くからビジネスジェットによる移動は、「Fractional Ownership(航空機の区分所有)」を基本とした運航会社によるサービスが50年以上前から存在し、その代表格はネットジェット(NetJets Inc.)である。筆者も10数年前に同社を訪問して事業の現場を見せてもらい、日本での事業構築可能性を議論したことがあるが、当時は米国での事業確立が最優先で、プライベートジェットにお金を使える人の少ない日本には興味を持ってもらえなかった。クリーブランドからニューヨークへのビジネス機移動を格安で提供してもらったが、乗り継ぎ苦の定期便より数段便利で早く、「後は値段だけだな」と実感した。
同社はウオーレン・バフェット氏が運営する投資会社の子会社で、700機以上の機体を持ち、区分所有とリース形式で米国の多くの著名人にビジネス機を提供している。日本に来るハリウッド俳優やプロゴルファーの多くが、同社の顧客だ。日本からの出張で米国内の移動はビジネス機でとなれば、今後は米国に着いてからANAビジネスジェット会社か、NetsJetsかという選択になるのかもしれないが、同じ条件ならば明らかにNetJetsが強い。なぜなら、この種の航空機チャーター手配のネックは「重複」だからだ。
重複には2つの意味があり、使用時間と機材仕様の両面で「スケール」が必要になる。手配を頼んでもすでに先約があって機材がない、機材はあったとしても人数や航続距離、さらに機内の快適性(広さ)の要求に適合する機材ではない、となると、富裕層の信頼=リピーターを得ることができない。ゆえに、小型機主体で保有機数の少ないオペレーターは勝てないということになる。
双日の成田の機材は、オーナーから管理委託を受けたビジネスジェットの遊休時間を活用するもので自由度が低いし、ANAHDが一気に数十機のホンダジェットなどの必要機材を発注するとも思えないことから(今回の発表は「手配事業会社の設立」であり、大きな投資を伴わないことを示している)、米国国内でのNetJetsとの競争は厳しいというのが筆者の第一感ではある。
一方、成功要素について触れると、勝機があるとすれば「価格勝負」ではないか。ホンダジェットの価格はグローバルやガルフストリームの10分の1であり、それに同社のサポート等での協力、ANAのマイレージなどの付加価値が加われば、日本の顧客を囲い込む力はあり得るのではないか。
NetJetsはその規模を大きくせざるを得ないために投資額が増大、ビジネス機事業収益が金融コストを十分カバーできていない状況もあり、企業収益は大きな黒字を生み出せていない。まさか、ANAHDがNetsJetsへの資本参画によって新会社を活用することを考えるとは思わないが、ことほど左様にビジネスジェットビジネスはデリケートなものだ。
筆者としては、日本人・日本企業にとってビジネスジェットビジネスが最も有効なのは中国だと思う。欧米にはすでに同種ビジネスが多くある中での参入になることに比べれば、同種のプレイヤーは海南グループのDeer Jet(金鹿航空)くらいで競争相手が少ない。また、国内線の路線網は多くあるものの地方路線間の移動が不便なこと、最上級サービスを提供できるエアラインがないこと、セキュリティプロセスに時間がかかること、ビジネス機を使う企業人へは一種のリスペクトを持つ風土があり使う根拠を持ちやすいことなど、多くの面でビジネスジェット事業の可能性があると考えられるからだ。
他方、中国本土における運航会社のライセンスやスロット調整などを考えると、日本企業だけでのビジネス化が難しい現状もあり、現地での協業企業が不可欠となる。 我が国大手2社の次の一手に注目したい。