とある空港近くのバー。今日もあまり人がいない。バーテンダーのしげさんがグラスを磨いていると、あのペンギンブローチの男が入ってきた。

日本の空には1日4,500便も

男:

「こんばんは。あれ、サエコさんは?」


しげさん:

「少し遅れているようです。今日もウオッカベースのドライマティーニでよろしいですか?」


「それで結構だ」


サエコ: 「(店に駆け込んでくる)ごめんなさ~い。道路が混んじゃって、今日はすごい渋滞だったのよ。ショッピングセンターでバーゲンやっているみたいで……」


「それは大変だったね。日本の空みたいだ」


「日本の空……? 空って渋滞なんかないでしょう」


「いいや。そんなことはないよ。サエコさんは今、日本の空を1日どのくらいの便数の飛行機が飛んでいると思う」


「??」


「日本に着陸せず上空を通過する便も含めて4,500便以上だ」


「へぇ~」


「経済成長で増加はこれからも続く。特に上空通過機は日本がアジアから北米に行くルートにあるから、日本の経済が減速してもアジアが成長し続ける限りは増え続けると言われているんだよ」


航空機の便数容量拡大に向け

「さて、今の飛行機の管制ってどうやっているか。サエコさんなら知っているよね」


「簡単に言えば……決められた滑走路から離陸して、決められた航空路を飛んで、決められた経路で空港に着陸するってことですよね」


「その通りだ。しかし、現在の空域や管制のやり方だと、車が一列になって高速道路を走っていると同じで、その容量には限界がある。計算上ではその限界は1日4,900便、年間180万便程度と言われている」


「あまり余裕はないですよね」


「そうだね。このままのペースで便数が増加し続ければ、2025年には日本の空の容量は限界を迎えることになる」


「それ以上は増やせないってことですか」


「そうだ。そこで今、国交省が進めているのが『CARATS(キャラッツ)』という計画だ」


経済成長に対応

「ちょっと難しいけど、『航空交通システムの変革に向けた協調的行動』という名称の英語の頭文字を組み合わせたものだよ。要は、ITや衛星通信など新しい技術や空域などを再編して、安全性を確保しつつ航空輸送の容量を増やすことだ」


「新技術を使ってってことなんですね」


「2005年に国連の専門機関である国際民間航空機関(ICAO)が、グローバルATM(航空交通管理)運用概念というものを策定した。この概念は、これからの世界の経済成長に対応するために全世界で航空機の便数容量を拡大しましょう、ということだ」


「便数拡大って、国を越えた経済活動ですもんね」


「日本のCARATSもそれに呼応している。日本の場合はインバウンド拡大は成長戦略のカギだからね。また、航空機での移動が盛んなアメリカでは『NextGen(ネクスジェン)』、国ごとに空域が入り組んでいるヨーロッパでは『SESAR(セザール)』という同じような計画が進んでいる」


「世界的な動きなんですね」


空に新しい"道"をつくる

「では、CARATSでは具体的にどのようなことをするんですか?」


「さっきサエコさんが言ったように、空港から空港に向かう時には航空路を使う。別の方向からやってきた飛行機が同時にくると同じ空港に降りる時には、順番待ちとなる。そこで、衛星通信や位置情報システムを使って飛行機の運航時間を調整して、待ち時間なしで降りるように管理する。これを軌道ベース運用と言っている」


「なんか電車の運行みたいですね」


「その通りだ。航空路を電車のように、決まった時間に決まった場所を飛ぶように誘導していく。CARATSの達成目標のひとつだ」


「達成目標のひとつってことなら、他にも目標があるってことですよね」


「そうだ。例えば、現在の滑走路は、ひとつの方向でしか着陸が認められていない。だいたい航空路から降下し、3度の角度で、直線で接近して着陸する。こうした"道"が1本しかないから、混雑している空港などでは遅れが慢性化している」


「滑走路近くで見ていると、同じ高さで降りてきますよね」


「そこで、角度や高さを変えたり、直線ではなくカーブを描いた形にしたりなど、いくつかの"道"をつくる。これなら、同じ空域に何機もいることができるので、効率よく着陸できる」


「なるほど。でも、色々条件が違う飛行機をたくさん扱うというと管制官は大変そう」


「それを処理するためにAI(人工知能)を使うという考えもある。飛行機側のコンピューターと管制側のコンピューターが"対話"して適正な飛行コースに誘導するんだ」


「AIか……。今、色々な業界でAIの導入が進んでいますよね」


「CARATSのメニューはヘリなど小型機関係も含めて33もの計画があり、そうしたものを組み合わせて、2025年以降年間200万便、1日あたり5,400便と、大幅に日本の空の容量を拡大を目指すというのが目標だ」


すでに利用している技術も

「CARATSを構成する技術で、すでに私たちが利用しているものもある。サエコさんは、スマホに『フライトレーダー24』というアプリを入れているかな?」


「もちろん、入れてますよ! 航空ファンなら必携ですよね。今、飛んでいる航空機の便名や位置、高度などが分かりますから」


「これは地上のレーダーを表示しているのではなく、航空機側に搭載している機械が、自動的に自分の便名や位置などを"放送"しているのを表示しているんだ。ADS-B(放送型自動従属監視)と呼ばれているが、本来は、同じ空域を飛ぶ他の飛行機に自分の位置を知らせて衝突を回避するのが目的だ。『フライトレーダー24』はそれを世界各国のボランティアの受信機が受信して、自動的にサーバーに送ってアプリ上で見せているんだ」


「そういう仕組みになっているんですね。初めて知りました!」


「さて、今日はショッピングセンターのバーゲンで道が混んでいるなら、タクシーを捕まえるのも一苦労かな。少し早めにおいとまするよ」


「お客さん」


「ん?」


「知っているね」


イラスト: シラサキカズマ