といったところで、話は変わる。

アメリカのエアラインの多くは米軍の輸送任務を統括する輸送軍(USTRANSCOM : US Transportation Command)と契約して、米軍向けに人や貨物を輸送する業務を請け負っている。

軍の空輸任務だから当然、定期便なんて飛んでいないところ、あるいは見ず知らずのところに飛んでいく可能性だってある。すると、その前提で「見ず知らずのところに飛んで行って、円滑な運航を実現するための準備と体制」が必要になるし、実際、そうしているのではないだろうか。

ちなみに、アメリカ政府が自国民を帰国させるために武漢に送り込んだ機体は、カリッタ航空という貨物輸送会社の747だった。実はこの会社も、USTRANSCOMから契約を得て、軍の空輸任務を請け負っている会社の1つ。

だから、アメリカに戻った時に降り立った場所が、民間空港ではなく空軍の基地(マーチ空軍予備役基地)でも、勝手がわからないということはなかったかもしれない。それにアメリカのことだから、乗務員が空軍出身だったり、パートタイムで州兵航空隊の任務に就いていたりするかもしれないし。

この話を聞いて「アメリカが747を飛ばしたのに、日本には同じことができないのか」と言った人がいたそうだけれど、日本にはそもそも「人を乗せられる仕様になっている747を飛ばしている会社がない」という話を忘れてはいないか。

米軍向けの空輸業務では兵員輸送も仕事のうちだから、貨物機でも座席を取り付けて人を乗せられるようにしている場合がある。快適性も何もあったものではないけれど、そんなことを言ってはいられない場合だってある。

日本だと航空自衛隊のKC-767給油機では、旅客型なら客室になっているメインデッキ(KC-767では上部貨物室)に、臨時に座席を取り付けられるようになっているけれど。

  • 航空自衛隊のKC-767が、メインデッキに腰掛を取り付けた状態。転落防止用ネットの向こう側に腰掛が見える 撮影:井上孝司

    航空自衛隊のKC-767が、メインデッキに腰掛を取り付けた状態。転落防止用ネットの向こう側に腰掛が見える

念のためにカリッタ航空関連の米軍の契約情報を調べてみたら、貨物輸送会社なのに「人員の輸送業務」受注した事例が見つかった。余談だが、同社は遺体の輸送業務も受注したことがある(軍の仕事だから驚きはないが)。

ところが、日本貨物航空の747-8Fが座席を取り付けて人員輸送用に化けられるという話は、寡聞にして聞かない。第一、そんなことをするニーズがない。それでは人は運べない。

これに限らず、いちゃもんをつけること自体が目的になっていて、そのために妙な言説を持ち出す人がいろいろいるものだな。なんてことを思った、今回の事案であった。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。