2015年にスタートし、日本最大級のeスポーツ大会へと成長した「RAGE」。その舞台は、運営企業やスポンサー、選手など、さまざまな人々によって支えられている。
インタビュー連載企画「零人伝」では、RAGEを創る偉人たち“零人”にフォーカス。第3回では、運営会社であるテレビ朝日の石田要氏に、マスメディアが拡張するeスポーツの可能性について話を聞いた。
ファンの裾野を広げるのがマスメディアの役割
2015年にCyberZがスタートさせた「RAGE」。2017年にエイベックス・エンターテインメントが、2019年にテレビ朝日が参入し、現在は3社体制で運営を手がける。eスポーツ大会のRAGEに在京キー局が運営として加わったことは、業界でも話題を呼んだ。テレビ朝日でeスポーツ事業をけん引するビジネスプロデュース局の石田要氏は当時を振り返る。
「RAGE参入当時、私はコンテンツを活かしたビジネス展開を検討する総合編成局の編成戦略部に所属していました。課題の1つとしてあったのが、いわゆる『若者のテレビ離れ』です。ここ数年でテレビの広告市場、つまり視聴者層は様変わりしました。では、若者はどこに行ってしまったのか? その市場を開拓する必要に迫られていたんです」
新境地を探していたテレビ朝日の会議室で、チームのメンバーから「eスポーツ」という言葉があがった。
「当時、私はゲーム素人でまったく理解できなかったのですが、部署の仲間とともに、CyberZさんの話を聞いてみることにしました。それが2018年。実際に話を聞いていくうちに、RAGEのブランドは確立されつつあり、eスポーツが急成長していると分かったんです。『これは今しかない』と参入を決意しました。運営母体に入った理由は、大会運営やプロモーション、配信まで全面的に携わって、eスポーツ市場を盛り上げる一翼を担いたかったからです」
上層部からも承諾を得て、スピーディに参入が決定。翌年には正式な合意に至った。すでにエイベックスが協業をスタートしている中で、テレビ朝日はどのようなミッションを担ったのか。
「コアなファンを掘り下げるのがCyberZさんとエイベックスさん、ファンの裾野を広げるのがテレビ朝日の役割だと思っています。まだまだマスメディアの力は大きいので、新たな層を獲得しながら、eスポーツを普及していけるはず。そもそもゲームには、コア向けから子ども、ファミリー向けのコンテンツがあり、潜在的なニーズも広がっていたので、必ず力になれると思っていました」
こうして始動した新体制のもと、2019年にはテレビ朝日でRAGEの特別番組が3回放送された。さらに2020年、RAGE史上最大規模の国際大会「RAGE ASIA 2020」の開催が決定する。国内外のトッププレイヤーが一堂に会する大型イベントは、RAGE始まって以来の大挑戦だった。
「さっそく、8月に開催される本大会の特別番組の地上波放送が決定し、さらに4月から大会に向けた番組『eスポーツ応援宣言!』をスタートさせました。若年層や男性層に向けた番組は深夜帯が主流なのですが、『eスポーツ応援宣言!』は日曜の昼に放送。この時間はファミリー層向けなので、かなり攻めた編成でした。徳光和夫さんが路線バスの旅をしたあとに、eスポーツ番組が始まるわけですから(笑)。eスポーツを知らない一般層にアプローチできたと思います」
『eスポーツ応援宣言!』は、お笑いコンビ「南海キャンディーズ」の山里亮太さんをナビゲーターに迎え、eスポーツの基礎知識や出場選手のバックグラウンド、「RAGE ASIA 2020」のタイトルである『荒野行動』『Apex Legends』の内容など、専門的な知識を初心者にもわかるように紹介する番組だ。
「地上波のテレビ番組は、電源さえつければいつでも見られる無料のコンテンツです。ですので、どの番組も予備知識ゼロで楽しめるように設計されています。『eスポーツ応援宣言!』も、まずは基礎知識から入り、4カ月見ているうちにeスポーツのことを好きになるように工夫しました」
また、「RAGE ASIA 2020」本大会の特別番組でも、eスポーツ初心者へ向けた中継方法が採用されたという。
「eスポーツは“スポーツ”です。当然、競技や選手の表情を細かく伝えます。野球やサッカーのようなメジャー競技はそれだけで十分なのですが、eスポーツはルールを知らない人も視聴するマイナー競技。よりわかりやすく内容を伝えるとことが最優先課題でした」
ほかにも、テレビ朝日では『ReAL eSports News』というeスポーツの情報番組が放送されている。2019年のスタート時には月に1度だった同番組は、2020年4月より毎週15分でレギュラー化。さらに10月には30分番組に昇格した。eスポーツの高まるニーズが、編成にも反映され始めたのだ。
スタープレイヤーの育成にテレビ朝日ができること
RAGEの普及という点で、多大なる効果を上げたテレビ朝日の参画。今後はどのようにRAGEを拡大させていくのか。
「eスポーツ業界が盛り上がっていることは確かです。しかし、一般の人にはまだまだ伝わっていません。コアなファンが独自の文化を形成したeスポーツは、特に伝わりづらいんですね。今後は、『盛り上げる』だけでなく、『盛り上がっている雰囲気をつくる』ことが重要だと考えています」
その最も効果的な方策は、「スタープレイヤーの育成」だと石田氏は見ている。
「リアルスポーツのようなスタープレイヤーが生まれれば、一気にファンが広がります。たとえば『世界水泳』は、日本の水泳界がなかなか注目を集められていなかったころ、世界的に注目を集めていたオーストラリアのイアン・ソープ選手のスター性を日本国内でも全面に押し出し、怪物に日本水泳界が挑むというストーリーをつくりました。一度水泳が注目されれば、次は北島康介さんのような有能な選手がスターに変わる流れができます。業界全体のストーリーが大切なんですね」
数々のスポーツを手がけてきたテレビ朝日。新たな競技を盛り上げるために、どのようなノウハウを持っているのだろうか。
「誰もが愛する文化になるためには、誰にでもわかる演出が必要です。たとえば、水泳の中継で、泳いでいる選手の上に名前や国旗を表示する手法がありますが、ゲームにも応用できます。格闘ゲームの体力ゲージに、『実際にどのくらいピンチなのか』をわかりやすく表示させるなど、いろいろと試行錯誤をしているうちに、eスポーツのファンから『わかりやすい』と評価されたこともありました。放送で培ったノウハウが、今度はeスポーツ大会の放送にも役立てられるのです」
ほかにも、選手や関係者へのインタビュー、家族や応援する人のドキュメントなど、eスポーツにもテレビの持つノウハウを生かせると石田氏。特にこれからは、アナウンサーによる実況が重要になると予測する。
「テレビ朝日のアナウンサーがeスポーツを実況するようになれば、メジャーなスポーツのような雰囲気が生まれると思います。実況のクオリティーも高められるはずです。しかし、現在はほとんど自社のアナウンサーを起用できていません。各スポーツで実況を担うアナウンサーは、取材や膨大な下調べをし、ノートに知識や情報を書き込んで中継に臨みます。しかし、eスポーツはタイトルが無数にあるので、アナウンサーの知識が追いつかないんですね。メジャーなリアルスポーツのように、時間をかけて育成できる環境を生み出していければと思います」
eスポーツを国民的スポーツに
eスポーツから国民的スターが生まれ、eスポーツが国民的スポーツになる日……。まだ私たちには想像し難いかもしれないが、テレビ朝日は着々と駒を進めている。2021年は石田氏にとって、どのような年になるのだろうか。
「まずはRAGEの国内での地位を盤石にしつつ、世界レベルの大会に発展させたいです。『RAGE ASIA 2020』は、本当は『RAGE World 2020』というタイトルで、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会と同時期に開催する予定だったのですが、新型コロナウイルスの影響で実現しませんでした。しかし、中止が多かったほかのリアルスポーツと比べれば、ダメージが少なかったのも事実。テレビ局のビジネスとして、改めてeスポーツに可能性を感じています。直近の課題は、現場での盛り上がりをどのようにオンラインで体現していくか。さらにコロナ禍が収束すれば、リアル、配信、放送が一体になり、以前よりもパワーアップすることが求められるでしょう。2021年は、挑戦の年になるはずです」
苦難の2020年を終えて迎えた2021年だが、テレビ朝日の挑戦は始まったばかり。石田氏自身、RAGEの成長は「これから」だと意気込む。
「eスポーツをビジネスにすることは、まったく新しいチャレンジ。編成と連動して番組を作ったり、営業とセールスを組み立てたりと、悩むことも多いですが、RAGEをやっていると新しいビジネスが生まれていくので、私もやりがいと将来性を感じています。テレビ朝日の中では、まだまだ社内ベンチャーのような立ち位置ですが、これからもっと大きな事業にしたいですね」