2015年にスタートし、日本最大級のeスポーツ大会へと成長した「RAGE」。その舞台は、運営企業やスポンサー、選手など、さまざまな人々によって支えられている。
インタビュー連載企画「零人伝」では、RAGEを創る偉人たち“零人”にフォーカス。第2回は、運営会社であるエイベックス・エンタテインメントの坂本茂義氏に、ライブエンターテインメントとしてのRAGEの魅力を聞いた。
“ショー”としてのRAGEがエイベックスを動かした
日本最大級のeスポーツイベント「RAGE」は、CyberZ、エイベックス・エンタテインメント、テレビ朝日の3社によって運営されている。エイベックスが参入したのは2017年のこと。当時、eスポーツの爆発力に注目したのが、ライヴ事業本部の坂本茂義氏だ。
「音楽のイメージが強いエイベックスですが、根底にはあるのはエンターテインメント。実はあらゆる事業を手がけています。私の担当はコンサート以外のライブエンターテインメントで、今後成長するカルチャーを育てていくこと。そうした中で出会ったのがeスポーツでした」
日本を代表するライブエンターテインメント企業の目には、当時のeスポーツはどのように映ったのか。
「最初に出会ったのは、Red Bullが開催していた格闘ゲームの大会。大規模なイベントに高額賞金が設けられ、人気ミュージシャンが会場を盛り上げている。それを見て、『未来のエンターテインメントのスタイルだ』と確信しました。さっそく社内で『eスポーツの事業をやりたい』とつぶやいていたところ、新規事業を開発する部署から声がかかったんです。とはいえ、私たちにeスポーツのノウハウはありません。ゼロからイベントを立ち上げるよりも、既存のイベントを大きくする方向を模索していました。パートナーを探してイベントを巡っている中で、心を鷲掴みにされたのが、ショーとして圧倒的に盛り上がっていたRAGEです」
MCの起用など、国内のeスポーツのなかでもひときわ目立っていたRAGEだが、当時はまだまだ立ち上げ間もないイベントだったはず。大手企業が参入することに戸惑いはなかったのだろうか。
「CyberZさんのスピーディな事業展開に可能性を感じました。だから、スポンサーではなく、今後の成長を見込んで、運営会社としてしっかり権利を獲得しておきたかった。それだけ長期的に期待していたんです。もちろんリスクも大きいのですが、会社の上層部も賛同してくれました」
実際にRAGEを観て、エンターテインメントとしてのeスポーツに魅了された坂本氏は、CyberZと手を組むことを決めた。
eスポーツの成長性にも強い期待を抱く坂本氏だが、長年音楽イベントを手がけてきた彼の目には、2つのエンターテインメントはどのように映るのか。最も大きく異なる点は「人格」が中心かどうかだと、坂本氏は語る。
「音楽イベントは、舞台に立ったアーティストの個性を楽しむものです。しかしRAGEは選手だけでなく、ゲームのおもしろさや世界観、会場の熱気、スポーツとしての一体感など、複合的な魅力があります。だからこそ、裏方である私たちの自由度が高い。新しいものをつくりだせる余地があるんです」
さらにもう1つ、坂本氏が注目したのが、音楽イベントにはないプラットフォームとしての永続性だ。
「アーティストにはどうしても寿命があるのですが、RAGEは大会のプラットフォームなので、うまくいけば永遠に続けられます。長い歴史の中で個々のスターが生まれていく。すると大会がもっと盛り上がる。カルチャーとしてもビジネスとしても、RAGEというブランドは強いと思っています」
コロナ禍で問われた「イベント屋がすべきこと」
RAGEの大会運営は、オフライン(リアル)とオンラインの両軸によって成立するが、エイベックスの主な役割は、オフラインイベントの制作や演出だ。会場を押さえ、映像や音楽を流し、MCや選手が魅力的に映える本番に仕上げていく。そのうえで、RAGEを圧倒的な存在感のある大会に成長させるため、プロモーションにも力を入れる。
「演出といっても、やることは地道な作業です。会場では、『開演前に客席に置くスティックバルーンの向きがそろっているか』『導線にある段差にコードがないか』といった点をチェックしつづけています。小さなことに見えるかもしれませんが、たとえばお客さまがコードにつまずいて膝をすりむいたら、そのイベントを楽しめるわけがないですよね? 初期のRAGEで私たちは、こうした細かな部分を一つひとつ、手作業で改善していました。小さな気配りの積み重ねが、会場全体の満足度につながる。イベント屋としては当たり前なのですが、ほかの業界にノウハウがないことも多いので、RAGEにおいてエイベックスが果たすべき責務だと思っています。CyberZさんからは、しつこいと思われていたかもしれませんが(笑)」
坂本氏はエイベックスの代表者として、CyberZ、テレビ朝日との週1回のミーティングも欠かさない。運営会社のトップが集まるその場では、どのようなビジョンが語られているのだろう。
「ビジネスリーダーが構想を語るような、きれいなものじゃありません(笑)。事務的な進捗の共有ばかりです。権利の確認やスポンサーの意向、プロモーションの戦略、ネットでの反響まで、細かなことを3社で共有しています。RAGEの現場はとにかく泥臭いですよ」
現場重視の坂本氏だが、2020年は新型コロナウイルスによって、オフラインのeスポーツイベントが軒並み中止。大きな影響を受けたはずだ。現場に立つ機会の減ったエイベックスの役割には、どのような変化が生じたのか。
「オンラインの重要性が高まる中で、自分たちの存在意義を感じた1年でした。選手と観客のコミュニケーションが一方通行になりがちな動画配信を盛り上げるためには、細かい仕掛けにこだわるべき。MCの身振り、手振り、口振りの一つひとつにもお客さまは反応する。映像やBGMを流すタイミングも秒単位で影響します。たとえ気づかれないとしても、配慮を怠らないようにと、現場のスタッフには口すっぱく伝えてきました。観客を楽しませるための心構えは、オフラインと同じですね」
“リアル専門”の坂本氏にとって、オンライン化は逆風のようにも見えるが、その姿勢は前向きだ。
「イベント業界では仕事が激減したという声が多かったのですが、RAGEという持続可能な事業を持っていた私は幸福でした。コロナ禍で試行錯誤をしているうちに、コストや会場など、物理的障壁が少ないオンラインのメリットにも気づいたんです。コンテンツが増えてオンラインが当たり前になれば、オフラインの価値も上がります。この先が楽しみですね」
オンラインとオフラインの融合で発展してきたeスポーツの大会だが、コロナ禍で実験されたパフォーマンスが、2021年に定着すると坂本氏は考える。自宅にいながらVRで現場の臨場感を味わえる「バーチャル観戦」などは、その最たる例だ。こうしたグレードアップが次々に起これば、eスポーツにとって2021年は進化の年になるかもしれない。
「リアルにこだわるのではなく、リアルを超えるものをバーチャルで実現する。そこに長いイベント事業の歴史を持つエイベックスの演出を盛り込めば、かなりおもしろくなるはずです。そしてコロナが収束したら、今度はもう一度、リアルのイベントをグレードアップさせます」
次々と夢を語る坂本氏の視線の先には、エンターテインメントとして進化した未来のeスポーツイベントの姿が見えているに違いない。すでに具体的なプランはあるのだろうか。
「今一番やりたいのは、音楽とeスポーツの融合です。これまで何度も挑戦してきたのですが、実は失敗の連続でした。ゲームのファンと音楽のファンはいわゆる“ノリ”が違う。大会の前後にコンサートをしても、会場がなかなか盛り上がらないんですね。でも欧米や中国では、そうではありません。おそらく、われわれ日本の音楽業界がつくった文化にギャップがあるのでしょう。今の日本のスタイルに寄り添いながら、ゲームファンがもっと音楽を楽しめるように、試行錯誤していくつもりです」
エイベックスらしい音楽とeスポーツの融合にチャレンジする意欲を見せる坂本氏。失敗続きでもあきらめない、そのモチベーションはいったいどこからくるのだろう。
「私には子どもがいるのですが、とにかくゲームに夢中なんです。周りの子どもたちに話を聞いても、『YouTubeでeスポーツを視聴している』『将来はプロのゲーマーになりたい』という答えが返ってきます。かつて私たちの世代がサッカーや野球の選手に憧れたように、現在はeスポーツが子どもの将来を切り拓いているように感じました。私たち大人の役目は、子どもたちが夢を叶えるための道標をつくること。まずはRAGEで、eスポーツでもJリーガーのようなスター選手を生み出し、目指すべき将来像を形づくりたいと思っています」
スター選手が生まれれば、憧れを抱いた子どもたちから次のスターが誕生する。サッカーや野球がそうだったように、スター選手の誕生と世代交代のサイクルがエンターテインメントの発展に必要不可欠なのかもしれない。
そのためにも――、と坂本氏は続ける。
「もっと多くの人がeスポーツに触れられる環境を整えることも必要です。サッカーでは、町中にフットサルコートがあって、あらゆる世代の人が交流し、定期的に大会が開催される。この環境は、eスポーツでいうとゲームセンターにあたりますが、実際は子どもが出入りする場所ではありません。そんな風潮を払拭し、多くの人に機会を提供できれば、eスポーツがもっと素晴らしい文化になるのではないでしょうか」