連載『中東とエネルギー』では、日本エネルギー経済研究所 中東研究センターの研究員の方々が、日本がエネルギーの多くを依存している中東イスラム地域について、読者の方々にぜひ知っていただきたい同地域の基礎知識について解説します。


カタールは日本へのLNG、原油、LPGなどの供給国

カタールと言えば、FIFA(国際サッカー連盟)の2022年年ワールドカップ(W杯)カタール大会を連想される方が多いだろう。世代によっては、1993年に同国首都のドーハで行われたW杯最終予選で日本が初の本戦進出を断たれた「ドーハの悲劇」を思い出される方もいるであろう。途中選手交代したゴン中山選手の崩れ落ちる姿が筆者の脳裏にも焼き付いている。

エネルギーの世界でカタールと言えば、年間77百万トンの能力を誇る世界一のLNG(液化天然ガス)輸出国である。秋田県ほどの面積の半島国であるカタールがその地位を占めているのは沖合海底に世界最大のノース・フィールド・ガス田を抱えているからである。そのガス田開発とLNG輸出のプロジェクトにおいて日本のLNGユーザー、金融機関、エンジニアリング会社、機器メーカー等々は貢献してきた。とりわけ最初にLNGの長期契約(1997-2022年)を締結した中部電力の貢献は大きかった。

カタール(出典 : 外務省Webサイト)

GIIGNL(国際LNG輸入者協会)の2014年統計によれば、日本の輸入量は1525万トンと二位韓国の1119万トンを引き離しており、日本の輸入先としてカタールは豪州に次ぐ第二位である。カタールはOPEC加盟国であり、原油、LPG等も日本は輸入している。

カタールは親日国で世界一のお金持ち

写真は、2012年9月27日から10月1日に六本木ヒルズアリーナにおいて開催された国交樹立40周年記念「カタール・ウィーク in Tokyo」用に六本木駅から会場までの通路に張られていたものである。「ありがとう日本」の標語はカタールが親日国であることを示している。

「ありがとう日本」の標語はカタールが親日国であることを示している

ただし、カタールはLNG消費国である中国、韓国、インドなどとも良好な関係を築いており日本一辺倒ではない。中東初の人民元取扱銀行の設置や中国主導のAIIB(アジアインフラ投資銀行)への積極的参加など、カタールの中国への傾斜は目立ってきている。また、カタールで世代交代が進む中で、日本の貢献に関する記憶が薄れ親日度合いが弱まると危惧する声もある。

LNGなどの輸出増加、原油価格とそれにリンクするLNG価格の上昇が相まって、毎年大幅な貿易黒字と財政黒字を記録するカタールは世界トップクラスの金持ち国となった。2014年の一人当たりのGDPは、$93,965/人で近隣のUAEやクウェートの倍以上ある。これは、人口の約85%を占める外国人労働者を含めた数字であり、30万人に満たないカタール市民の所得ははるかに大きい。

また、資産が$100万を超える家族の比率は世界第3位であり$1億を超える比率も高い。政府系ファンドSWF(Sovereign Wealth Fund)も2013年11月の$1150億から14年11月の$2560億へと急増している。

カタールは日本にとって大事な輸出先

湾岸産油国は工業製品、食糧などは概ね輸入に頼っており、カタールは日本にとって自動車等の大事な輸出先である。また、湾岸諸国はインフラ投資が盛んで韓国企業、欧州企業、中東企業の受注実績が多いが、日本企業も技術力を生かした受注を数多く得ている。

カタールは2022年W杯に向け総額約$2000億のインフラ投資が進行中である。空港、港、地下鉄、GCC鉄道を構成する幹線鉄道、道路などの運輸部門や住居、商業施設などの不動産部門、発電などのエネルギー部門、教育や医療部門と多種多様な投資が行われている。日本企業の最近の受注案件は、発電プラントや都市開発である。また地下鉄プロジェクトの心臓部である全自動無人運転の鉄道システム一式(車両、信号設備、軌道工事、車両基地建設等を含む)の受注内示を得ている。

2014年6月以降の原油価格下落やLNGのスポット価格下落でカタールの2015年の第1四半期は財政赤字となった。しかし、過去の大幅な黒字による蓄えがあり、インフラ投資の変更は行わないと財務相が9月7日に明言している。カタールは2030年国家ビジョンに基づき、石油や天然ガスに偏らない、知的産業を中核とした経済社会開発を目指している。中東の航空ハブであるドバイのエミレーツ航空を追いかける勢いで、カタール航空が世界140都市以上をネットワークとし路線を拡大しているのはその一例である。同社はワンワールドに加盟しJALとコードシェアを行っており、カタールは日本人にとって便利な中継地となっている。

<著者プロフィール>

鈴木清一(すずき せいいち)

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究主幹。一橋大学経済学部を卒業後、日本石油株式会社(現JX日鉱日石エネルギー株式会社)に入社。2012年日本エネルギー経済研究所中東研究センターに出向。カタルとオマーンの経済及びエネルギーが専門。著書に「原油価格の決定要因(最近2回の大幅下落の比較より)」、「水素輸送の適性について」(第34回 エネルギー・資源学会研究発表会;2015年6月9日~10日)、「需要曲線の形状変化による ヘンリーハブ価格(「HH」)の考察」(第31回 エネルギーシステム・経済・環境コンファレンス;2015年1月27日~28日)、「高温化する湾岸の都市、廃熱スパイラル現象が一因か? 対策は?」(中東研究センター・動向分析 2013年12月号)、などがある。