国際サッカー連盟(FIFA)の公式エディターやJリーグクラブで要職を歴任し、国内のサッカー事情に精通する筆者が、サッカーの魅力をグローバルな視点から論じる本連載。今回のテーマは、サムライジャパンの要・本田圭佑が所属するACミランだ。
ACミランは「かつての名門」なのか
本田圭佑がACミランに移籍してからおよそ3カ月が経過したが、現地イタリアのいわゆる"酷評"記事などを受けて、「本田はあまり活躍していない」という印象を抱くファンも少なくないだろう。
また、ACミランはイタリア・セリエAで10位台に低迷。すでに欧州チャンピオンズ・リーグの来季出場権を得る3位以内から大きく遠のき、来季は国内リーグのみの戦いが濃厚だ。それゆえ、「凋落した『かつての名門』で苦しむ日本のエース」という構図が、日本のメディアでも定着しつつあるように映る。
だが、本当にACミランは「かつての名門」なのだろうか。本田が身にまとうロッソ・ネロ(イタリア語で赤と黒)のユニホームの価値は下がっているのだろうか。本稿ではそれを論じる上で、「クラブ収入減と経営難」や「観客動員の推移」といった数字で語ることはあえて避ける。むしろここで主張したいのは、「数字では語れない価値」について、である。
長期低迷がないのはバイエルン・ミュンヘンなどの一握りだけ
結論から言えば、ACミランの「ブランド」は決して廃れてはいない。そう断言する理由は2つ。1つ目が「どの名門にも低迷期はある」ことであり、2つ目が「欧州の名門クラブのエリート価値は簡単には滅びない」という事実である。
イングランドではマンチェスター・ユナイテッドやリバプール、チェルシー。イタリアではユベントス、インテル・ミラノ、そしてACミラン。欧州チャンピオンズ・リーグ優勝経験クラブであるビッグクラブでさえも、長らく国内タイトルから遠ざかった低迷期があった。5度も欧州の頂点に立ち、今季は好調を維持するリバプールにしても、イングランド・プレミアリーグ時代に突入した1992 - 1993シーズン以降、一度も国内リーグの優勝を経験していないのだ。長い低迷期を経たことがないのは、スペインのレアル・マドリーやバルセロナ、ドイツのバイエルン・ミュンヘンなど、ほんの一握りのクラブである。
「伝統」と「歴史」というブランド力
チェルシーがその筆頭として、低迷したかつての名門クラブはオーナー変更や買収などにより、再生してきた。それが実現したのはたとえチーム成績が低くても、クラブの「伝統」や「歴史」がそのままクラブブランドの魅力として認知されてきたからである。
名門クラブは欧州チャンピオンズ・リーグを主な舞台として、数々の名勝負を繰り広げてきた。日本のプロ野球では、巨人対阪神が「伝統の一戦」と呼ばれ、伝統と歴史が両球団のブランド力向上に貢献してきた。欧州の名門クラブも同様に、何十年にもわたって、時として国をまたぎながら「伝統の一戦」を繰り広げ、それが血肉化され、エンブレムの歴史的重みとなってきた。
近年だけを見ても、マンチェスター・ユナイテッドとバイエルン、バルセロナとチェルシー、リバプールとACミランがドラマチックな接戦を幾度も繰り広げ、相互のブランドを高め合ってきたのである。それゆえ、これらのクラブは世界中に多くの根強いファンを擁してきたと言える。
欧州のエリートクラブは、欧州チャンピオンズ・リーグというビッグトーナメントを通じて、「伝統」と「歴史」をグローバルレベルでブランド化してきた。本田の鬼気迫るプレーの数々を見れば、ロッソ・ネロの10番の価値と重みがいささかたりとも減じていないことを、あらためて感じてもらえるはずだ。
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著者プロフィール鈴木英寿(SUZUKI Hidetoshi)
1975年仙台市生まれ。東京理科大学卒。サッカー専門誌編集記者を経て、国際サッカー連盟(FIFA)の公式エディターに就任。FIFA主催の各種ワールドカップ運営に従事する。またベガルタ仙台(現J1リーグ)のマーケティングディレクター、福島ユナイテッドFC(現J3リーグ)の運営本部長などプロクラブでも要職を歴任。2012年から2013年にかけて英国マンチェスターを拠点に欧州のトップシーンを取材。拠点を日本に移した2014年もグローバルに活動中。