前回までのあらすじ
超マイペース且つ大雑把なB型男子である僕の彼女は、あろうことか超几帳面なA型女子だった――。このエッセイは独身B型作家・山田隆道が気ままに綴る、A型彼女・チーとの愛と喧嘩のウェディングロードです。
大変なことが起こった。先日の休み、いつものようにチーと外出したのだが、その日の僕はどういうわけか朝から気分が良く、終始口数が多かった。昼は街をぶらつきながら、夜は食事を楽しみながら、僕はどこまでも滑らかに舌を動かし続け、果ては帰りの夜道のとき、自分でも驚くほど自然且つ無意識にこう発したのだ。
「いつかチーと結婚したいと思ってるよ」
言った後、すぐに我に返った。いま僕はすごいこと言ったぞ。あまりにスムーズすぎるというか、ごく自然な会話の流れの中で思わず口から溢れるように出てしまった言葉だが、これってつまりプロポーズじゃないか――。
そう思うと、たちまち動揺した。背中にじんわり汗が滲み、みるみる顔が熱くなってくる。途端にチーの顔をまともに見られなくなり、さっきまで活発に開いたり閉じたりを繰り返していた口も、一転してまったく動かなくなった。
ところが、一方のチーは至って平然としていた。僕の突然の言葉にも一切の間をあけることなく、まるで相槌を打つかのように飄々とした声を出した。
「うん、そうだね」
その瞬間、僕の心臓は一気に高鳴った……かと思いきや、意外にそんなことはなかった。二人の間に「結婚」という言葉が出るのははじめてだが、いざ実際にこういう会話をしてみると、自分でも不思議なぐらい穏やかな心境になった。動揺したのは最初の言葉を発したときだけで、あとはすっかり落ち着いていたのだ。
「いつ結婚しようかなあ」僕はなんとなく呟いた。
「そうね、いつがいいかなあ」とチー。
「まあ、仕事の状況次第だけど、来年ぐらいにできればいいよね」
「来年かあ」そこでチーはかすかに微笑んだ。
結局、その夜はそこまでで終わった。はじめて結婚について具体的な話をしたというのに、それ以降はお互い何事もなかったかのように自然に振舞い、結婚話が再び登場しないまま、何日も過ぎていった。
僕は確かにチーに結婚の意志を告げ、チーも確かにそれを快諾した。しかし、だからといってドラマや映画みたいに「一世一代の劇的なプロポーズ」があって、それを経て二人の関係が急激に変化したかといえば、まったくそうじゃない。ありふれた日常の中の、いつもの何気ない会話で終わったという感じなのだ。
とはいえ、僕はずいぶん気持ちが楽になった。まだ具体的にいつになるかはわからないけど、たぶん僕らは近い将来結婚する。チーはやっぱり女性だから、こういう自然すぎる結婚話よりも、ちゃんとあらたまったプロポーズをもう一度してもらいたいと望んでいるのかもしれないが、僕の本音をいえば、おそらく本来の意味でのプロポーズってきっとこういう感じなんだと思う。
テレビのバラエティ番組では「一世一代のプロポーズ、果たして成功するのかしないのか――!?」などといった企画をしばしば放送していたりするが、よくよく考えてみれば、結婚するほど順調に付き合っている二人の間にはそもそも「劇的なプロポーズ」なんてものが生まれにくいような気がする。ある一定の年齢を超えた男女の場合、付き合いが順調であるということは、それはすなわち二人の将来をきちんと見据えたうえで、何の障害や問題もなく愛を育んでいるということが多く、だからして二人がいつかの結婚を意識するのは言わば自然な流れじゃないか。
要するに大人の男女の付き合いは、それが順調であればあるほど「劇的なプロポーズ」よりも「自然な結婚話」を生む可能性が高く、そんな結婚話に対して「ムードがない」と言ってしまえば確かにその通りなのだが、しかしだからとって男はそれを恥じるべきじゃないとも思う。だいたい、プロポーズが成功するかしないかでドキドキするなんてことは、見方を変えれば二人の付き合いに何らかの問題があった証拠じゃないか。人生の大きな転機にロマンティックなイベント感覚を求めたいのは現代人の欲望のひとつかもしれないが、それはあくまでオマケみたいなものであって、本来のプロポーズとは、男女の日常の会話の中にこそ、生まれてしかるべきなのだ。
かくして、僕とチーの付き合いは今までより少しだけ進展した。まだ正式には何も決まっていないが、今後それぞれが歩んでいくであろう未来への道が、なんとなくひとつに重なったような気がして、僕は無性に嬉しかった。
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