前回までのあらすじ
超マイペース且つ大雑把なB型男子である僕の彼女は、あろうことか超几帳面なA型女子だった――。このエッセイは独身B型作家・山田隆道が気ままに綴る、A型彼女・チーとの愛と喧嘩のウェディングロードです。
先日、休みの日にチーと百貨店に行った。いつものような何気ないウィンドーショッピングではなく、この日は具体的な買い物の目的があった。
それは指輪を買うことだ。
といっても、結婚云々の話ではない。お互いいい大人なんだから将来をちゃんと見据えた真剣交際をしましょうね、という決意表明みたいなものだ。もちろん、僕には結婚の意志がある。いや、きっとチーも同じ気持ちだと思う。直球で確認したわけじゃないが、なんとなくそういう雰囲気は感じているのだ。たぶん。
というわけで、僕らは百貨店のジュエリーコーナーに向かった。とりあえず、デザイン、石の種類、値段ともに様々なファッションリングを見物する。店員さんのにこやかすぎる視線がかなりこそばゆかった。高級ブランド品をひとつも身につけていない平凡なカジュアルファッションの僕を嘲笑しているのか。そんな風にネガティブに考えてしまうのは、僕の性格が卑屈だからだろう。
ほどなくして、手ごろな指輪を見つけた。店員さんが「サイズも合わせなきゃならないので、一度はめてみますか?」と勧めてくれたので、素直にしたがった。
ちなみに僕は、今まで指輪と無縁の生活を送ってきた。学生時代、お洒落したい一心で同世代の男子に人気だったクロムハーツの指輪に憧れたこともあったが、値段が高くてあえなく挫折した。その後、似たようなデザインの大きめの指輪を露天商の外国人から激安価格で購入したのだが、何か手作業をするとき、大きな指輪は邪魔にしかならず、いちいち付けたり外したりしていたら、いつのまにか姿を消した。
現在のような執筆中心の生活をするようになってからもそうだ。指輪なんかはめていたら、パソコンのキーボードを叩くときの障害にしかならない。かくして、僕は指輪をはめるという生活に慣れないまま33歳になった。僕にとって指輪とは、気づかないうちに自然紛失するものという古いイメージなのだ。
ところが、今回見つけた指輪はデザインもシンプルで、且つ大きさも手作業の邪魔にならない程度のものだった。これなら毎日はめていられるだろう。風呂に入るときも外す必要がなさそうだ。紛失する確率も極めて低いと思う。
僕は店員さんとチーが見守る前で、まるで初めて化粧をする少女のような胸の高鳴りを感じるながら、ゆっくり指輪を試着してみた。
「感想はどうですか?」店員さんが笑顔で訊いてくる。「見せて。似合ってる?」チーも興味津々に僕の指を覗き込んできた。
けど、そこで僕は指を見せることに無性な恥ずかしさを感じてしまった。とてもじゃないけど、こんな指を見せるわけにはいかない。今まで指輪をしなかったため、意識したことがなかったのだが、僕の指には大量の毛が生えているのだ――。
これは一体どういうことだ。誰だっ、誰のせいだ。父ちゃんか、じいちゃんか、曾じいちゃんか、いずれにせよ間違いなく遺伝の仕業だろう。僕は自分の指を見ながら愕然とした。10本の指すべてに毛がまんべんなく生い茂り、しかも一本一本がやたらと長い。33年間、指毛の手入れなんか考えたこともなかっただけに、まさに伸び放題の草原状態。何かの妖怪みたいだ。(自分で勝手にユビゲルゲと命名しました)
「どうかされましたか?」と店員さん。チーも不思議そうな顔で「どうしたの? 早く見せて」と急かしてきた。僕は恥を承知で、しぶしぶユビゲルゲを差し出した。
一瞬、店員さんの顔色が変わったことを僕は見逃さなかった。チーに至っては一瞬どころか、堂々と鼻から小さな笑いを吹き出した。
「あら~お似合いですねえ」店員さんはすぐに元の営業スマイルに戻り、頭のてっぺんから抜けたような甲高い声で生温かい賛辞を口にした。
「そ、そうっすか……」僕は額に脂汗を滲ませながら、作り笑いを意識した。恥ずかしすぎる。みるみる顔が熱くなってきた。呼吸が止まったかのように、胸が苦しくなってくる。なんとなく額の汗を手で拭った。思っていた以上に頭髪の生え際が後退していることに、こんなところで気づいてしまう。まったく。肝心なところの毛は生えないくせに、余計なところは生えやがって。口の中で自虐した。
恐る恐るチーの顔を一瞥した。「似合ってるよ」チーは意味深げにニヤニヤしながら、そう言った。「毛ガニみたいな指だけど」
結局、この日は指輪を買わなかった。それより指毛を剃るほうが先決だと、自分の中の優先順位を変更した。こういうのって永久脱毛がいいのかな……。
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