前回までのあらすじ
超マイペース且つ大雑把なB型男子である僕の彼女は、あろうことか超几帳面なA型女子だった――。このエッセイは独身B型作家・山田隆道が気ままに綴る、A型彼女・チーとの愛と喧嘩のウェディングロードです。
チーは細かい。本人は「あたしは細かいんじゃなくて、神経質なだけだ」と抗議してくるが、僕にしてみればどっちでも一緒だ。むしろ、「細かい」と「神経質」の違いを切々と語ること自体が細かいと思う。要するに几帳面なのだ。
中でも先日、僕の想像を超える「細かい事件」が勃発した。
舞台は風呂場である。僕が風呂から上がった後、チーは風呂場の中を隈なくチェックし、シャンプーなどを並べている棚を指差しながら、いきなり激怒したのだ。
「使い方が悪いっ!!」
は――? 僕はまったく意味がわからなかった。シャンプーの使い方が悪いってどういうことだ。まさか量が多すぎるとか、そういうケチ臭いことか。
「何が悪いんだよ」僕は怪訝な顔で抗議した。どれだけ考えても、怒られる要素が見当たらない。大体、量だってそんなに多く使ってないぞ。こちとら頭髪の量が少ないんだから、シャンプーも十円玉の大きさで充分こと足りる。見損なうなっ。
すると、チーは舌鋒鋭く言った。
「ボトルを置く位置が悪いのよ。せっかくあたしが右から順にシャンプー、コンディショナー、ボディソープって並べているのに、なんであんたが使った後は順番がおかしくなんのよ。ボディソープ、シャンプー、コンディショーの順番に並べたら、あたしが使うとき、間違ってボディソープで頭洗っちゃうでしょ!」
細か――っ! 思わず息が詰まりそうになった。そんな順番なんてどうだっていいじゃん。大体、ちょっと順番が違ったからといってシャンプーとボディソープを間違えたりしないだろ、普通。ちゃんと確認してから使えばいいじゃないか。
腑に落ちない僕がそう抗議しても、チーは納得がいかない様子だった。
「あのね、シャワーで髪を濡らしているときは、普通目を瞑っているでしょ。ってことは、目を瞑った状態でもシャンプーやコンディショナーのボトルを見分ける必要があるわけよ。だったら、棚に置く順番を決めておいたほうが快適でしょ」
そう言われると、途端に何も言えなくなった。僕は頭髪にシャワーをかけているときでも両目をしっかり開けていられるが、それができない人も世の中にはいるということであり、確かにそういう人にとってみたら、それぞれのボトルの位置がいつも固定されていたほうが何かと便利な気もする。
よし、わかった。僕は腹をくくり、チーに全面降伏した。ちょっと細かい気もするが、確かに理屈は通っている。かなり面倒くさいが、今度からちゃんと順番通り並べることにしよう。めちゃくちゃ窮屈だが、それも仕方ないだろう。
ところが数日後、チーは僕の風呂上りにまたも激怒した。
「ちょっと、いい加減にしてよ!!」
なんだなんだ、今度はなんだ――。僕は眉間に皺を寄せながら、慌ててチーに駆け寄った。言っとくけど、ボトルはちゃんと順番通り並べたぞ。抜け毛だって全部拾ったし、ちゃんと風呂から上がるとき、水シャワーで室内の暖気も冷ましたぞ。
すると、チーは怒りの理由をこう説明した。
「それぞれのボトルのノズルの向きがばらばら!!」
ノ、ノズル――!? これにはさすがに面食らった。なんでもチー曰く、棚の右からシャンプー、コンディショナー、ボディソープの順できちんと並べるだけでなく、それぞれのノズルの向きも手を差し出す方向と正対するよう揃えておかないといけないらしい。そうしておかないと、例えば目を瞑りながらコンディショナーのノズルの上部を押したとき、液体が手に落ちず、下にこぼれてしまう危険性があるとか。
いや、あのね……。理屈はわかるんだけど、いくらなんでもそれは細かすぎやしませんか。大体、目を瞑ったままでも、手で形状を触ればノズルの向きぐらい確認できるでしょ。だから別にいいじゃん、ノズルの向きなんかどうだって。
しかし、チーは譲らなかった。
「ノズルの向きをいちいち確認することで、毎回数秒間のロスができるじゃん。その時間のロスを何年も積み重ねていけば、膨大な時間の浪費になる。だから、あんたの人生のために言ってるのよ。時間は有効に使ったほうがいいでしょ」
「はあ……」僕はまたも返す言葉を失った。よくもまあ、そんな屁理屈を探し出してくるものだ。僕はある意味感心して、深い溜息をついた。
ダメだ。理屈では勝てっこない。これまた全面降伏するしかないのだろう。かくして、我が家のノズルは軍隊の敬礼のごとく、すべて一定方向に揃っているわけだ。
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