前回までのあらすじ
超マイペース且つ大雑把なB型男子である僕の彼女は、あろうことか超几帳面なA型女子だった――。このエッセイは独身B型作家・山田隆道が気ままに綴る、A型彼女との愛と喧嘩のウェディングロードです。
チーは何事もバランスを重視する性格をしている。これも几帳面なA型女子ならではかもしれないが、何かひとつの方向に極端に偏ることに不快感を覚えるようで、絶妙なバランスをキープできないと一日中不機嫌になったりする。
中でも左右のバランスは特に気になるらしい。A型血液が全身を猛スピードで駆け巡るのか、何事も左右対照にしようと躍起になり、時として僕を唖然とさせる。
例えば二人で近所のスーパーに買い物に行ったときのこと。
大量の食材を買い込んだため、ビニール袋が二つ必要になったのだが、そこでチーは双方の袋が同じ重さになるよう丁寧に食材を詰めていき、左右それぞれの手に買い物袋を一つずつ提げることになった。
「二つも持つと重いだろ。俺が片方持つよ」僕はチーに声をかけた。そのとき僕はちょうど別の荷物を片手に持っていたため、買い物袋を二つとも持つのは厳しかったのだが、片方だったらお安い御用だ。それに、なんとなく女に買い物袋を二つとも持たせるのは、男としてかっこ悪い気もした。荷物が全部で三つあるなら、そのうち二つは男が持って、一つは女が持つという図式が美しいだろう。
ところが、そんな僕の申し出をチーは頑なに拒否した。
「いい。どっちもあたしが持つ」そう言って、左右の手に買い物袋を提げながら、よちよちと家路を歩いていく。
見かねた僕は、半ば強引に片方の買い物袋をチーから取り上げた。
「いいから、片方かせよ。めちゃくちゃ重いだろっ」
すると、チーは途端に動揺した。「ああ、バランスが崩れたっ」と嘆き、買い物袋を持っているほうの肩をいかにも重そうにガクンと下げる。「は、早く、早く片方返してっ。右手と左手の重さのバランスが釣り合わないと、余計に重く感じるのっ」
最初は意味がわからなかったが、よくよく聞いてみると、チーは右手と左手の荷物の重さを均衡にしておかないと気持ち悪いらしく、そこのバランスが崩れると、重さの感じ方も変わってくるという。つまり、片手だけで荷物を持つぐらいなら、もう片手に同じ重さの荷物を持ったほうが全体としては軽く感じるということ。物理学的には重量が倍になるだけで、軽くなるなんてことは絶対にありえないのだが、なぜかチーはそんなことを頑なに信じているのだ。
また、別のある日にはこんなこともあった。仕事が終わって会社から僕の家に帰ってきたチーが、部屋に上がるなり、なぜかいきなり三、四回ほど右にくるくる回転しだしたのだ。断わっておくが、何か前振りがあったわけではない。踊っているわけでもない。ただ無言でコマのように右にくるくる――である。
これには僕も目が点になった。あまりに不可思議な行動すぎて、しばらくはそれに触れることができなかった。もしかしたら、チーの家系に代々伝わる何かの儀式かもしれない。だとしたら、無粋に突っ込んだり笑ったりするのは良くないだろう。ここはしばらくそっとしておいて、折を見て問いただすことにしよう。
そんな僕の戸惑いを知ってか知らずか、チーはその後も「帰宅するなり右にくるくる」をたびたび繰り返した。たまにそれが「左にくるくる」のときもあった。右に五回ほど回転した後、「あ、多すぎた」と呟き、左に一回転したこともあった。僕はますます困惑した。一体、こいつは何をやっているのだろう?
するとある日、その不可思議な回転について、チーはこう説明してくれた。
「今日は仕事で左にたくさん曲がったから、バランスを合わせてるの」
「はあ?」まったく意味がわからない。
「だから会社の中とか通勤の最中とか、普段歩いているときに左に曲がる回数が極端に多かったら気持ち悪いでしょ。あたしはそういうとき、家に帰ってきてから右に何度か曲がるようにしているの。子供の頃からそういう左右のバランスが気になってしょうがないんだよね。変かな?」
もちろん、変だと思う。そんな些細なバランスを気にしている人間なんて、僕は33年間の人生で初めて見たわけで、最初は冗談と思って信じることができなかった。
けど、どうやらチーは本気で「左に曲がった回数」と「右に曲がった回数」を均衡にしたいと考えているようだ。曰く、その回数を合わせておかないと気持ち悪くて寝つきが悪くなるんだって。へえ……。なんだか大変な性格だなあ。
かくしてチーは、今夜も帰宅するなり無言で回転する。
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