前回までのあらすじ
33歳独身B型男子である僕、山田隆道は現在絶賛婚活中。26歳OLのCとの初デートは、僕の真剣な愛の告白にCが返答をじらしにじらしたものの、ようやく「お願いします」という意味深な言葉で応じて――。
「わたしって細かい?」不意にチーはそう訊いてきた。
「どうしたの、急に。なんかあった?」僕はキッチンで食器を洗いながら、なんとなく訊ね返してみる。チーはなにやら自信なさげに表情を曇らせていた。
僕はスープ皿を洗い終わったスポンジを別のスポンジに取り替え、今度はコップを洗い始めた。目の前には、他にも四種類のスポンジが並んでいる。つまり、キッチンの洗い物用スポンジは全部で六種類あるということだ。
「今までキッチンのスポンジはずっと一種類で通してきたんでしょ」とチー。
「そうだよ。大学生になった頃から独り暮らしだから、かれこれ十五年ぐらいは自分で洗い物とかしてるけど、ずっと一種類だった」僕はこともなげに答える。
「つまり、油がついたお皿も飲み物用のコップもお箸やスプーンとかも、全部同じスポンジで洗ってたわけだ。それぞれの食器に応じてスポンジを変えるとか、そういう細かいことはまったく気にしなかったのに、わたしと付き合って、いきなりスポンジは六種類って言われたら『細かいなあ!』って嫌になったりしない?」
「細かいなあとは思うけど、嫌にはなってないよ。まあ、付き合い始めた頃からそこらへんは覚悟してたからね。チーはA型だから、たぶん細かいんだろうなって」
僕がそう言うと、チーはなんとなく暗い表情になった。「わたし、細かいって言われるのちょっと嫌なんだよね。なんか人間が小さいって思われていそうで……」
しまった。「細かい」はチーにとって禁句だったのか――。僕はばれないように顔をしかめた。細かい性格の人はなぜか「細かい」と指摘されることを嫌がる傾向がある。ハゲにハゲと言ってはいけないのと同じことかもしれない。
「いやいや、人間が小さいとかそんな大層な問題じゃないでしょ。細かいとか大雑把とか単純に性格の問題じゃん」僕は慌ててチーをフォローした。彼女がヘソを曲げると、三日は重い空気が続く。そうなる前に、早く手を打たなければ。
「そうかなあ……」とチー。
「そうそう、俺はB型の母親に育てられた生粋のB型男子だから、家族全員A型のチーとは生きてきた環境がまったく違うわけよ。だから、最初は生活スタイルの違いに戸惑うことはあるだろうなって俺も予想してたから大丈夫だよ。これからゆっくりお互いのスタイルに適合しあっていけばいいんだからさ」
「……うん、そうだね」
チーはようやく納得した表情を見せた。僕はほっと胸を撫で下ろす。チーと付き合って数ヶ月、こういった「細かい論争」はこれで何度目だろうか。
この連載をずっと読んでいただいている方はおわかりかと思うが、僕が居酒屋Mで26歳OLのCさんと偶然出会ったのが3月12日更新の連載第64回目。それ以降、僕はCさんを口説くべく奮闘してきたわけだが、前回7月2日に更新した第80回目で一応のひと区切りを迎えた。
思えば、僕とCさんが出会ってから付き合うようになるまでの期間はたったの二週間弱である。しかし、その間の出来事を事細かに書き綴ったおかげで、この連載上では四カ月ぐらい経過してしまった。大体、中目黒での初デートなんて、一日の模様を三カ月以上に渡って書き続けたんだから――。
かくして、33歳独身B型男子の僕にもようやく彼女ができた。お察しの通り、今回からCさんのことをチー(仮名)と表記している。僕が独り暮らしをするマンションとチーが住む家が奇跡的に近所だったこともあり、今ではほぼ毎日のように同じ時間を過ごしており、傍からは至って順調なカップルの姿に見えるだろう。
僕個人としては、33歳という年齢的に考えて、やっぱり結婚のことを念頭におきながら真剣にチーと交際しているつもりだ。数年ぶりに彼女ができたからといって、それだけで無条件に浮かれまくるほど、僕はポジティブ人間じゃない。婚活という広い視野で考えると、ようやくスタートラインに立っただけなのだ。
だからして、僕とチーの付き合いにはお互いの婚前観察みたいな様相がある。生粋のB型男子である大雑把な作家・山田隆道と家族全員A型というA型女子のサラブレッドであるOLのチー。そんな二人が付き合うわけだから、ある意味、国際結婚に似たイデオロギーの違いが次々に明るみに出るわけだが、それはまた次回の話だ。
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