前回までのあらすじ

33歳独身B型男子である僕、山田隆道は現在絶賛婚活中。26歳OLのCとの初デートで、僕は愛の告白をしたものの、Cは「返事は午前9時まで待ってください」と意味不明な返答。かくして、早朝の喫茶店で返事を待つことになった――。

朝まで飲んだのは久しぶりだ。30歳をすぎて以降、遅くまで酒を飲むといってもせいぜい午前2時や3時が限界だった。アルコール漬けの状態で朝陽を浴びると、こんなに眩しく感じるものなのか。どんどん酔いが醒めていった。

三軒茶屋の早朝。僕は喫茶店のモーニングトーストを食べながら、酔い覚めのブラックコーヒーをすすった。苦みといい渋みといい、カフェインがなんとなくいつもより濃厚な気がする。周囲の席を見渡すと、スポーツ新聞を読みふけるサラリーマン風の若い男性が意外に多かった。土曜日の早朝だというのに、みんなこれから仕事なのだろう。ご苦労様です。日本の未来は、案外明るいんじゃないか。

僕の向かいに座る26歳OLのCは何やらずっと考え込んでいた。女性にしては凄まじいスピードでコーヒーを飲んでいく。トーストも一気に2枚たいらげた。清楚で大人しそうな外見に似合わず、とにかく元気で明け透けな女性だと思った。

「そろそろ返事は固まった?」午前8時ぐらいになり、僕はそう切り出してみた。さあ、Cさん。僕と付き合うのか、付き合わないのか。2杯目のコーヒーも、いつのまにか残りわずかになっていた。

「ま、待ってください。9時までには必ず!」

Cの返事は以前と同じだった。さっきから考え込んでいるのは、きっとそのことだろう。けど、あと1時間も待つのかと思うと、さすがの僕も次第にじれてきた。一体なんでそんなに考え込む必要があるのか。返事を待つ身にもなってくれ――。

僕は無意識のうちに、Cを遠慮なく急かすようになっていた。

「もういいじゃん。お願い、俺と付き合ってよ。絶対楽しいからさ」

「さあ、早く答えを出そう。これ以上考えたって、何にも出てこないって」

だんだんテンションもノリも明るくなっていく。徹夜明けのコーヒーが気分をハイにしたのか、とにかくタイムリミットまで1時間をきって以降の僕はまるで新聞の訪問販売員のように押しの一手でCに迫っていったのだ。

午前8時30分、Cは僕に「好感を抱いている」とはっきり言った。話をしていても楽しいし、長時間一緒にいてもまったく飽きないという。

僕は素直に嬉しかった。これはすなわち、そういうことだろう。Cさん、もっとわかりやすい言葉でお願いします。僕の彼女になってくれるということですか?

しかし、Cは素早く首を左右に振った。

「いや、そこはまだ考えさせてください」

な、なんで――!? 一体なにが引っかかっているんだ。

次の瞬間、僕は心の中で膝を叩いた。もしや……実はCには付き合って3年ぐらいになる彼氏がいて、その人と別れることができないとか、そういう裏事情があるということか。彼氏に対する愛情はもうとっくに醒めているんだけど、長く一緒にいたため、情を捨て去ることができず、おまけに今も同棲中ということだったりして。

そう思うと、途端にマイナス方面に余計な妄想が膨らんできた。きっと、彼氏はCの学生時代の同級生だ。Cの親とも仲が良く、古くから家族ぐるみで付き合ってきたため、縁を切ることはいよいよ難しい。たぶん、彼氏はいい奴なのだろう。男としてのトキメキは感じなくとも、人間的には嫌いになれず、彼のことを傷つけたくないとCは悩んでいる。Cの友達連中も、みんな「結婚するなら最高の人だよね」と彼のことを絶賛。それもそのはず、彼氏の父は栃木県の有力県会議員なのだ――。

ありえると思う。勝手な妄想とわかっていながらも、僕は一気に暗い気持ちになった。全身からみるみる生気が失われていく。政治家の息子に勝てるわけがない。

3杯目のコーヒーを頼んだ。時計の針は早くも午前8時55分をさしていた。

けど、もうCの答えを急かす気力はなかった。ここまできたら、もうどうにでもなっちまえ。もし振られたら、昼からキャバクラに行ってやるっ。

「そろそろ時間ですよね」Cは自らそう切り出して、小さく深呼吸した。

僕は3杯目のコーヒーを思わず口に含んだ。ごくり、ごくり。喉を潤す音がやけに耳に響く。渇いた目を何度もしばたたかせた。きっと僕の目は赤々と充血しているのだろう。頭の中では、ドラムロールみたいな音が鳴っていた。

すると、Cは少しはにかんだような笑顔を見せ、小声で呟いた。

「お願いします」

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