前回までのあらすじ
33歳独身B型男子である僕、山田隆道は現在絶賛婚活中。馴染みの居酒屋で知り合った26歳OLのCを落とすべく、知人の恋愛巧者・バースから教わった「必勝恋愛メール術」を繰り出そうと決意を固めたのだが――。
僕は基本的にせっかちな性格をしている。目標に向かって、同じことをこつこつと我慢強く続けていくのは苦手なほうで、いつもそのときの状況に応じて方針をころころ変えていきながら、なるべくゴールまでの最短距離を模索してしまう。
だからして、前回紹介した恋愛巧者・バース直伝の必勝メール術は、僕のような我慢下手な人間には向いていない極意なのかもしれない。
「こんにちは。お仕事は順調ですか? また機会があったら、ゆっくりお話したいなって思っています」僕は翌日の昼1時半きっかりにこんなメールをCに送信したのだが、それに対するCの返信メールを読んで、すぐに方針がぶれてしまったのだ。
「お疲れさまです。仕事はなんとか頑張っています。わたしもまた、たくさんお話したいと思っているので、機会があったら是非よろしくお願いします」
うーむ。これって、すでに脈ありってことじゃないのか。バースのメール術ばかりにこだわり、あんまりじっくりメールを続けすぎるのも、逆に機を逸する危険性がある。けど、もしかしたら社交辞令だったりして。わたしもたくさんお話したいと思っているので……かあ。なんとも微妙な言葉である。
というわけで、僕は試しにこんなメールを送ってみた。
「じゃあ、予定があえば食事にでも行きましょうね。お仕事がんばってください」
さあ、Cよ。一体これにどう返信してくるんだ。その内容次第で、今後の方針が一気に変わってくるかもしれない。
すると、ほどなくしてCから次のようなメールが返ってきた。
「はい。是非、行きましょうね」
方針転換! すぐに食事に誘いましょう!!
途端にバースのメール術が馬鹿馬鹿しく思えてきた。大体、何週間もメールを続ける忍耐力なんて、こちとら微塵も持ち合わせていないのだ。
かくして僕は、Cを食事に誘う決心をした。勇気を振り絞って「来週の金曜の夜に食事に行きませんか?」とメールする。すると、しばらくしてCから快諾のメールが返ってきた。 「金曜の夜、大丈夫です!」
へえええい! やったああああ!!
その瞬間、大学生みたいにハイテンションで喜ぶ33歳独身B型男子。それからというもの、来週の金曜日が待ち遠しくてしょうがない。わずか一週間やそこらで何が変わるわけでもないと頭ではわかっているのだが、それでも急に寝る前に化粧水を顔面に塗りたくるようになった。少しでも肌艶を若返らせたいのだ。
そして、いよいよ翌週の金曜日。僕は仕事を早めに切り上げ、夕方ごろから思春期の女子高生ばりに自宅でお出かけの準備に没頭した。全身鏡を見ながら、様々な洋服を試着しては「あーでもない、こーでもない」と女々しい悩みに明け暮れる。ようやく洋服が決まった後も、今度はヘアスタイルのチェック。若い頃みたいにお洒落ヘアがどうこうではなく、あくまで目的はいかに薄毛を隠蔽するかである。
待ち合わせは夜の八時、渋谷。数年ぶりのドキドキを感じながら、入念にスタイリングした勝負ファッションに身を包んだ僕は、渋谷の雑踏を縫うように闊歩する。
すると、待ち合わせの定番・モヤイ像の近辺でCの姿を発見!
思わず背筋が伸びた。心臓の鼓動が早くなり、手のひらが汗ばんでくる。これはデートだ。久しぶりのデートだ。渋谷で八時。鈴木雅之と菊池桃子だ(古い)。
「こんにちは」僕は早速、Cに声をかけた。「あ、どうも」Cも微笑みながら会釈をしてくれた。なんだか妙に照れくさい。挨拶したのはいいものの、その後は急激な緊張に襲われ、何を喋っていいかわからない。頭が真っ白になって、Cの顔さえまともに見ることができなくなってしまったのだ。
おいおい。どうしたんだ、山田隆道。おまえは中学生か。いい年したオッサンのくせに、ドキドキしてんじゃねえよ――。頭の中でもう一人の自分が茶化してくる。
ちらっとCの横顔に目をやった。僕の三倍ぐらい鼻が高い。凛々しい顎のラインと艶やかな黒髪。恥ずかしながら、あらためて綺麗な女性だと思った。
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