前回までのあらすじ
33歳独身B型男子である僕、山田隆道は現在絶賛婚活中。馴染みの居酒屋でCという名の素敵な女性に出会うことができたものの、最後に大失態。あろうことかCの連絡先を聞かずにリリースしてしまったのだ――。
ああ、なんたる初歩的な大失態だ。せっかく容姿といい話した感じといい、もろに僕好みだったのに。しかも、たぶんCも僕を悪く思っていなかったはずだ。えっ、勘違い? いやいや、絶対そうだと思う。だって、いっぱい笑ってくれたもんっ。
翌日の晩、どうしてもCのことが頭から離れない僕は、またもふらふらと夢遊病者のごとく居酒屋Mに立ち寄り、独りで閉店まで飲み明かした。けど、もちろんCが来店することはなく、まさに『ジョニーへの伝言』を鼻で笑うかのような「2時間どころか4時間も待ってたよ」状態。……はい、古すぎて意味わかんないですよね。『ジョニーへの伝言』はかつて大ヒットしたペドロ&カプリシャスの名曲です。気になった方は、それぞれ歌詞を調べてみてください。故・阿久悠さん作詞の傑作です。
帰り際、僕は最後の手段とばかりに一冊の本を鞄から取り出し、それをマスターに差し出しながらこう言った。
「マスター、もし昨日の女性がまた店に来るようなことがあったら、この本を渡してくれませんか? 昨日貸す約束をしたんですけど、連絡先を聞きそびれちゃって」
それは昨夜、僕とCとの間で話題になった某小説家の短編集。僕はその短編集をCに貸すという口約束を交わしていたわけで、もちろんそんなのは大人同士の社交辞令だと思われていても不思議じゃないのだが、それでも僕にしてみればCとの関係を再び繋ぐ糸はこれぐらいしか思いつかなかったのだ。
すると、マスターもすべてを察したような笑顔を見せた。
「わかったよ。もし来たら、山田さんからのプレゼントって言えばいいんだろ。それで彼女の反応が良かったら、またメールするからすぐに来ればいいじゃん」
つくづく話のわかるマスターだ。居酒屋のカウンターで素敵な異性と出会いたければ、まずはマスターと友達になるべきだという僕の持論は間違っていないと思う。
かくして数日が経過した夜、僕の携帯にマスターからメールが届いた。
「Cさんが来店しました!」
うおおおおっ!! きたきたきたーー!!!!
当然、僕は興奮した。全身からアドレナリンが出すぎたからか、冬なのに額に汗が滲む。けど、同時にタイミングの悪さを嘆いた。そのとき、僕は締切り間近の原稿に追われており、すぐに店に駆けつけられる状況じゃなかったのだ。
結局、僕が居酒屋Mに到着したのは数時間後のことだった。
「山田さん、遅いですよ。Cさんはもう帰っちゃいました」とマスター。
「やっぱ、そうっすよねえ……」僕はあからさまに肩を落とす。
しかし、そんな僕にマスターが一枚のメモ紙を差し出してくれた。
「はい、これ。Cさんの携帯アドレス」
「えっ?」
「Cさんに例の本を渡して、山田さんからプレゼントだって言ったら、すごく喜んでいましたよ。それでお礼がしたいからって、ずっと待ってたんだけど、あんまり山田さんが遅いから帰っちゃってね。代わりに連絡先のメモをおいていったんですよ」
「マジで!?」テンションが再び上がった。ダメ元で「本を貸す」という作戦を実行して、本当に良かった。こういう何らかのアイテムの貸し借りを間に挟めば、男女の関係を繋ぐ絶妙な口実になるわけで、居酒屋での出会いはもちろん、合コンや初デートなんかにも有効なんじゃないか。「貸す」という行為は、後の「返す」という行為にも必然的に連動する。すなわち、次にまた会える機会を生むのだ。
翌日、僕は早速Cにメールをした。
「昨日は店に行けなくてごめんなさい。その短編集は本当におもしろいから、通勤中とかにさらっと読めると思いますよ。息抜きにでも使ってやってください」
すると、ほどなくしてCから返信があった。
「ありがとうございます。まだ読んでいないですけど、今からすごく楽しみです」
よし、繋がった。僕はほっと胸を撫で下ろす。けど、まだ何かを成し遂げたというわけではなく、これでようやく恋のスタートラインに立てただけだ。
さあ、どうしましょうか。ここから一気にCを食事に誘うべきか、それとももう少しメールのやりとりで空気を温めるべきか。いずれにせよ、しばし熟考が必要だ。
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