前回までのあらすじ

33歳独身B型男子である僕、山田隆道は現在絶賛婚活中。馴染みの居酒屋Mのマスターの粋な計らいで、見知らぬ美女とカウンターの隣同士に座ることができたわけだが、そこから彼女と会話を交わせるようになるべく、あれこれ思案に暮れて……。

居酒屋Mのカウンター。僕の隣に座るのは見知らぬ若い美女。

……これは話しかけない手はないでしょう。彼女と会話できるようになったら、それがそのまま未来の花嫁との運命の出会いになるかもしれないじゃないですか。

今のところ、僕が繰り出したトリビア作戦は怖いぐらい順調に進んでいる。マスターに向かって「コアラの赤ちゃんって、お母さんのウンチを食べて育つんだよ」といった誰もが驚くようなトリビアネタを発射しまくるたびに、隣の美女も「へえ~」と小声ながら確かな関心を寄せてくれているのだ。

こうなったら次だ。僕は深く息を吸い込む。次の一言をきっかけに、彼女をこっちの話題に巻き込んでやる。機は完全に熟したのだ。

というわけで、僕は次の言葉を放った。

「モーニング娘。ってさ、『LOVEマシーン』のCDジャケットの並び通り順に脱退しているんだよ。知ってた?」

またもトリビアネタである。マスターやその奥様、そして隣の美女も予想通り「へえ~」といった反応をしてくれた。

しかし、今回はこれで終わらない。次いで僕は携帯を取り出し、そのトリビアネタを証明するための写メをマスターに見せる。「ほら、本当でしょ?」実は事前に『LOVEマシーン』のCDジャケット写真を携帯に保存しておいたのだ。

「この中で最初に脱退したのが右上の石黒彩で、その次が石黒の下の市井紗耶香、次が市井の左上の中澤裕子で、次が中澤の下の後藤真希……。つまり、右上からジグザグの順番で脱退しているんだよねえ」

僕は写メを見せながら、死ぬほどどーでもいい無駄知識を披露した。

「本当ですか? よく見せてください」奥様が首を突っ込んできた。

やはり20代半ばから後半の女性のほうがモー娘。ネタには目ざとい。きっと中学時代に『LOVEマシーン』を熱唱しまくった世代だろう。

そこで僕は携帯の画面を奥様だけでなく、隣の美女にも向けた。

「ほらほら、確かめてくださいよ」自分でも怖いぐらい自然な感じで、奥様と隣の美女に話しかける。奥様のリクエストに乗じることと、「写メを見せる」という必然の理由にかこつけ、見知らぬ女性との会話のきっかけを掴もうとしたわけだ。

すると、隣の美女が「へえ、本当ですね。すごい偶然!」と笑顔で言った。なんとも和やかな口調。初対面の見知らぬ男性に居酒屋のカウンターで話しかけられたという"不自然さ"や"怪しさ"はまったく感じられない。

「けど、このときのメンバーは結局全員いなくなっちゃいましたよね。今のモーニング娘。なんて、誰一人として顔と名前一致しないですもん」と僕。

「そうですよねえ。わたしも辻・加護あたりが最後かなあ。それ以降は全然わかんなくなっちゃいましたよ」隣の美女もにこやかに答えてくれる。

「お姉さんは思いっきりモー娘。世代ですか?」

「そうですね。中学校ぐらいのとき、すごく流行りましたよ」

「へえ、若いなあ。俺なんかLOVEマシーンのとき、余裕で20歳超えてたもん」

……と、ここまでの会話を読んだら、もうおわかりだろう。そうです。試行錯誤の結果、僕はついに隣の美女と自然に会話を交わせるようになったのです。

いやあ、長かった。感無量である。ありがとう、マスター。ありがとう、奥様。やったよ、母ちゃん。僕はやればできる子なんだよね。

世の中には見知らぬ女性に簡単に話しかけることができる、言わば"恋の直球勝負ができる男性"も大勢いるが、僕のような気の小さい男が彼らの真似をするのは絶対に無理だ。ならば、細かすぎるぐらい綿密な計算を重ね、どこまでも"恋の変化球勝負"に挑むという弱虫ならではの恋愛戦略に活路を求めるしかないじゃないか。

そんなことを自分に言い聞かせながら、僕は隣の美女との会話を楽しんだ。実際にはまだ話すことができるようになっただけで、恋のスタートラインにも立っていないのだが、それでもここ数年の自分を考えるとかなりの前進だ。

そんな中、不意に彼女がこう切り出してきた。

「あの……、山田さんですよね?」

えっ、なんで知ってるの――? 次回につづく。

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