前回までのあらすじ
33歳独身B型男子である僕、山田隆道は現在絶賛婚活中。未来の花嫁となる素敵な女子との"自然な"出会いを果たすべく、馴染みの居酒屋Mのマスターに恋愛相談を持ちかけたところ、快く「恋の援軍」を引き受けてくれることになり……。
「もし良さそうな女性客がいたら、こっそり山田さんに教えますから」そんな頼もしい言葉を、僕に堂々と宣言してくれた居酒屋Mのマスター。
最初は僕も有頂天だったが、それから数日が経過し、マスターから何の連絡もないとなると、だんだん不安になってきた。もしや、あの言葉はいわゆる社交辞令だったのか。酒の席での軽い口約束を信じた僕が馬鹿だったのか。
しかし、そんなある日、僕の携帯に突然マスターからメールが届いた。
「今、店にすごく綺麗な女性のお客様が来ています」
うわああっ、ほんとに教えてくれたあ! 疑ってごめんよ、マスター!
というわけで、僕は足早に居酒屋Mに向かった。ちなみに、たかが近所の居酒屋に行くだけなのに、ものすごくお洒落を頑張ってしまった。気になる豊齢線をファンデーションで消したぐらいである。
居酒屋Mに着くと、カウンターに一人で座っている若い女性の背中が真っ先に目に入った。ほんとに来てるじゃんっ。心の中で感動する。マスターに目をやると、「どんなもんだい」と言わんばかりに誇らしげな笑みを浮かべていた。
「おやおや、山田さん」マスターは白々しい芝居を打って、僕を温かく迎え入れてくれた。「どうも。寝酒をいただきにきましたよ」と僕。マスターの奥様である女性店員も物分りの良い方で、僕をさりげなく女性の隣に座るよう誘導してくれた。
完璧な構図だ。馴染みの居酒屋のカウンターで、見知らぬ女性と隣同士に座りながら酒を飲む。この状況なら飲んでいる途中に、さりげなく隣の女性と会話を交わしても別にいやらしくない。僕がずっと追い求めていた"自然な出会い"じゃないか。
しかも、その女性は本当に素敵だった。年齢は20代半ばぐらいか。整った目鼻立ちと美しい顎のライン。全体に凛とした気品を漂わせつつも、どことなく愛らしさもあった。はっきり言って、容姿は文句なしである。
さて、どうしましょうか。ここで僕は作戦を練った。
彼女と仲良くなるためには、勇気を振り絞って、なるべく自然に話しかけるという行為を実行しなければならない。けど、いきなりそんなあからさまなナンパをしてもいいものなのか。その時点で今までの細かな計算が音を立てて崩れてしまい、結果的に初対面の女性に「ドン引き」されてしまう危険性がある。
だからして、究極の理想は「僕が彼女に話しかける」のではなく、いつのまにか「僕と彼女が会話を交わしている」という状況を作り出すことだ。そうすれば、絶対にナンパ行為と思われない。狙いはあくまで"自然な出会い"なのだ。
かくして、僕は脳味噌をフル回転させ、マスターにこう切り出した。
「コアラの赤ちゃんって、お母さんのウンチを食べて育つんだよ。知ってた?」
「えっ、そうなの!?」マスターは当然驚いた。奥様も「知らなかった!」と興味津々の表情で、会話に加わってくる。
そこで僕は、さらに以下のようなネタも次々に発射していく。
「ルパン3世の子孫を描いたルパン8世って漫画があるの知ってた?」「主人が崖から落ちそうになったとき、主人を助けようとする犬って50匹中3匹ぐらいしかいないんだって。知ってた?」「藤木直人って実は双子なんだよ。知ってた?」「糸電話の糸をバネにかえると、声がエコーがかるんだよ。知ってた?」
要するに、大抵の人が「へえっ」と驚きそうな"トリビアネタ"ばかりをマスターに向かって、わざと大きめの声で披露しまくったのだ。
するとマスターと奥様だけでなく、隣の女性客も明らかに反応してくれた。小さな声で「へえっ」と声を漏らし、いちいち興味深そうにうなずいているのだ。
そう、僕の狙いはこれである。下手に見知らぬ女性に話しかけたり、笑わせようとしたりして失敗する危険をはらむよりも、誰もが驚くようなトリビアネタをマスターに披露し、それに女性を反応させるほうがはるかに自然な会話のきっかけを作ることができる。ここ数日、ずっと家で考えていた作戦だ。
さあ、ここまできたら大詰めである。この後、いよいよ彼女と自然に会話を交わすべく、ダメ押しのアクションに打って出るわけだが、それはまた次回の話だ。
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