「俺、けっこうモテるぜ」
以前、飲み屋でたまたま隣に座った初対面の男に、突然そんなことを言われた。
男は四十代前半で、職業はフリーのコピーライター。高そうなジャケットを着こなし、ブルガリの腕時計をはめていた。身なりを見る限り、金は持っていそうだ。若い頃は「ヤンエグ」なんて呼ばれていたタイプなんだろう。
「今はたまたま特定の彼女はいないけど、誘えばついてくる女が五人はいるぜ。この店にも何人か連れてきたことあるけど、みんな超かわいいよ。なあ、マスター?」
男はそう言って、店の主人に同意を求めた。
「ええ、こないだの女性は本当に綺麗でしたよ」主人も笑顔でうなずいている。
「だって、あいつモデルだもん」
「そうなんですか。羨ましいですね~」
そんな会話を聞きながら、僕はずっと心の中が曇っていた。僕の目が節穴なのかもしれないが、正直どう考えても、その男がモテるタイプには見えないのだ。
太っているし、背は低いし。BEGINのヴォーカルと林家正蔵を足して二で割ったようなルックス。人を見かけで判断するのは悪いと思いつつ、それでも彼が女性に好まれるタイプの男ではないと思ってしまうのは偽らざる人間の本音である。
モデルとこの店に来た? 嘘だろう。仕事の関係じゃないのか。コピーライターだったらありうるぞ。広告業界とモデル業界は密接な関係にあるのだ。
「そんなにモテるなんて羨ましいですね。どうやって女性を口説くんですか?」僕は柔らかい口調で男に探りをいれた。
すると、男は得意そうに鼻をうごめかしながら、一気呵成に語りだした。
「いい女ほど、男をルックスで選ばないんだよ。やっぱり優秀な遺伝子を残したいっていう女の本能なんだろうな。いい女ってのは仕事ができる男を選ぶ。つまり、肩書きと経済力だよ。ほら、俺ってコピーライターじゃん? 大企業相手に一行書いて数万円の仕事をフリーでこなしてるんだぜ。しかも、車はアロファロメオだし、そういうセレブ感をちらつかせれば、女は自然になびいてくるもんなんだよ」
正直、今どきこんなベタベタな恋愛論を語る人がいるもんなんだと、軽い衝撃を受けた。時代錯誤。この人は自分で自分が恥ずかしくないのだろうか。
「君はモテないだろ?」男はニヒル顔で僕に言った。
「はあ、そうかもしれません」適当に返事をする。
「俺に言わせれば、まず君は服装が悪いよ。なんか売れないミュージシャンみたいじゃん。セレブ感がまるでない。三十超えてそれじゃあ、女はついてこないよ」
はあ、そうですか。けど、実際、金なんか持ってないからしょうがないじゃないですか。口の中でそう呟く。誰か本を買ってくれ。印税ちょーだい。
「君は作家なんだろ?」
まあ一応、世間ではそう呼ばれる職業かもしれません。けど、売れてないし。
「だったら、もっと作家である自分をアピールしなきゃ。いい女がなびいてきそうな肩書きなんだからさ。若い頃はノリで女を口説けるかもしれないけど、大人は肩書きと財力だよ。ブサイクでも芸能人だったらモテるだろ? あれと同じだよ」
なんだか、この男と喋るのが嫌になった。男たるもの誰にも媚びずにフリーで金を稼ぎ、「高い車といい女」を手に入れる。それが成功のステータスだ――。かようなイデオロギーが全身を包んでいるように見えてならないのだ。
しかし、帰宅途中の道すがら、僕は一人でむなしい気持ちになった。
苦手な考え方だと敬遠しつつ、確かに彼の言うことは現実的だとも思う。巷ではよく「愛だけは金で買えない」といった論調があるが、正直、それさえも疑問だ。芸能人を見ていると、よくわかる。今まで恋愛に困っているトップスターを見たことがない。もし生涯独身を貫いたトップスターがいたとしても、それはきっと「結婚できなかった」のではなく、「結婚しなかった」だけだろう。それが真実の愛なのかどうかはわからないが、少なくとも金と名誉のあるところには、必ず色恋沙汰がつきまとっている。人間の性をヒューマニズムで隠すことはナンセンスなのかもしれない。
しかし、そう頭で納得しながらも、最終的に僕はこんな結論に達した。
だったら、別にモテなくてもいいか――。
僕の人生のプライオリティの中で、美しいかどうかはかなり高いところにある。例えそれが現代社会の勝ち組だ、セレブだと言われようが、僕はそういうイデオロギーを美しいと思えない。モテなくとも美しくありたいのだ。
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