大学時代、クラスメイトに全身が傷だらけのDという男がいた。最初、その傷の存在に気づいたのは体育の授業の着替え中。今まで見たことがなかったDの裸は背中やら足やらが傷で赤く腫れあがっており、思わず絶句したことを覚えている。
当然、僕は興味津々になった。その傷は一体なんなんだ。もしかして過去に大きな事故にでも遭ったんじゃないか。けど、そうだとすると簡単に傷のことには触れられない。本人にとってデリケートな問題かもしれないのだ。
しかし、一週間後、再び体育の授業があったとき、Dの傷が決して過去の事故などによるものじゃないことがわかった。なぜなら、傷の数が先週よりも確実に増えており、その後も体育の授業があるたびに過去の傷が治ったり、新たな傷ができたりしている。つまり、今まさに現在進行形でDの身に何かが起きているのだ。
そんなある日のこと。Dと二人だけで酒を飲む機会があり、僕は酔った勢いで率直な質問をぶつけてみることにした。
「なんで傷だらけなん?」
すると、Dは照れくさそうな表情をして、小さな声でこう言った。
「彼女とちょっとね……」
えっ、どういうこと――? 僕の眉間に深い皺が何本も寄る。あの生々しい傷たちとDの彼女にどんな関係があるというのだ。まさかDは毎日彼女と喧嘩して、殴られまくっているというのか。いわゆる逆DVってやつなのか。
しかし、僕もDの彼女には何度か会ったことがあるが、とてもそんなバイオレンスな女性には見えない。身長150センチぐらいの小柄なロリ系ガール。間違ってもボクシングとか空手とかを習っているタイプではなく、どちらかというと缶ジュースのプルトップを開けることにも苦戦しそうな超文科系女子なのだ。
「いや、彼女と喧嘩してるとかそういうんじゃなくて、単純に俺にそういう性癖があるというか……。彼女に無理言って、毎晩お願いしてるんだよ」
その言葉で僕はすべてを理解した。ざっくり言うと、Dは極度のドMなのだ。
彼女との夜の営みのとき、パンピーではとても理解できないようなサディスティックな攻撃を彼女に要求。最初は彼女に素手で殴ってもらったり、蹴ってもらったりという程度だったのだが、それがどんどんエスカレートしていき、最近ではSM定番アイテムの鞭はおろか、カラーバットや竹刀でボコボコにされているらしいのだ。
そりゃあ、あれだけの生傷ができて当然である。しかし、Dはそうでもしないと性的興奮を感じることができないらしく、彼女とのハードSMプレイがやめられないという。Dの下半身は僕にとって奇怪なアナザーワールドである。
しかし、それから半年後、Dはその彼女に「あなたの性癖についていけない」という理由で振られてしまった。なんでも彼女は今までDの要求に渋々付き合っていただけで、別に自分自身がハードSというわけではなく、どんどんエスカレートしていくDについにギブアップ。愛する人を血まみれにする罪悪感に精神が崩壊寸前になったという。当然である。よく頑張ったよ、彼女は。
Dは「こんなことなら彼女に内緒でSMクラブに通っておけば良かった」と心底悔やんでいた。しかし、例え性欲処理だけのために風俗を利用し、彼女の前では我慢していたとしても、どっちみち激しく殴られないと興奮できないことを考えると、彼女とはセックスレスになっていたんじゃないか。大学生の若さでセックスレスカップルなんて辛すぎる。いずれにせよ、彼女を苦しめたことは間違いないだろう。
その後、Dはそれなりに新しい彼女は何度かできたものの、33歳になる現在まで結婚を考えるほどの女性には巡り会えていないという。毎度、ドMすぎる性癖が邪魔をして、必ずどこかで三行半を突きつけられてしまうのだ。
世の中にはルックスも性格も経済力も悪くないのに、なぜか結婚できない三十代男性がしばしばいる。僕はそういう人に出会ったら、それはもしかして性癖が原因なんじゃないかと怪しむようにしているのだが……果たして真相はいかに。
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