よく「男は30歳から」という言葉を耳にするが、僕は絶対に嘘だと思う。特に若い女子がいくらそう言っても、そんなの「男は外見より性格だよね」と同じ種類に思えてならない。女子特有の表向き発言に決まっているのだ。
もちろん理由はある。僕が明らかに30歳をすぎてからモテなくなったからだ。
いやいや、おかしいですよ。だって20代の頃に比べたら今のほうが間違いなく落ち着いているし、金だって困っていない。そう考えると今年で33歳になる僕は本来ならモテモテライフを送っているはずなのだ。それに僕は別に太っているわけでも禿げているわけでもない。服装だってシャツをジーパンにインしたり、ハイウェストのズボンをはいたりしていないし、髪型のみならず眉毛や鼻毛だって手入れしている。けど、なぜか30歳をすぎてから明らかにモテなくなっているのだ。
おかしい。33歳なんてまだまだお兄さんだぞ。歌舞伎町を歩いていても金髪女性にかけられる言葉は「チョットオニイサン」だ。キャバクラだってそう。キャバ姫たちにはいつも「若く見える」と驚かれるぐらいだ。……ん、キャバクラ?
その瞬間、僕はあることに気づいた。
冷静に考えたら「若く見える」って全部キャバ姫に言われた台詞じゃないか。仕事先やプライベートで普通に出会った女子にはそんなことあんまり言われねえっ。これって、もしかして営業トークってやつか。キャバ姫たちが僕を上機嫌にしたいがために口にしている心にもないお世辞ってことなのか。
人間とは不思議なもので一旦そう疑い出すと、途端に色んなことが不安になってくる。そもそも僕は根が小心者であり、主な習性はマイナス思考である。今までは「俺はまだ若い」などと図々しいことを信じていたが、実際は間違っていたのか。
心当たりはもちろんある。以前にも書いたことがあるが、本当は最近めっきり老化してきているのだ。さっきは太っていないと書いたが、本当はお腹のゆるゆる脂肪たるやひどいのなんの。風呂あがりに裸であぐらなんかかいたら、まるでたれパンダみたいなってしまう。それに禿げていないと書いたが、禿げかけてはいるのだ。
したがって、最近の僕はピタッとしたシャツを着ないようにしている。お腹が気になるからである。前髪もあげないようにしている。生え際が気になるからである。白髪を見つけても抜かないようにしている。貴重な毛髪だからである。
哀しいかな、まだ若いと信じている僕の実状は様々な隠蔽工作を施せばなんとか若く見える状態なのだ。軽い怪我なら誤魔化しながらプレーするスポーツ選手と一緒である。隠せる怪我は怪我のうちに入らないというように隠せるオジサンはオジサンのうちに入らないと勝手に思い込んでいるだけなのか。
「ああ、いるよね、そういう人。オジサンなのに必死で抵抗して若作りしちゃって、ほんと男って意地っ張りだよね」
溝ノ口のキャバクラでユリがはっきりそう言った。彼女は客であるはずの僕にもズバッと本音を話してくれる恐ろしい女子である。なぜか海外アーティストのプレミアライブチケットをたくさん所有している。一体誰から回ってくるのだろうか。
「オジサンなのに意地っ張りかぁ。オジッパリってこと?」
年甲斐もなくピンクの水玉シャツを着た僕は苦し紛れの冗談を放った。
「オジッパリ!? なにそれ~超ウケるんだけど~」
ハタチの女子は何でも笑ってくれるのだ。
「でもオジッパリな人ってほんと増えたよね。30すぎて超若いファッションして、あたしが若く見えますねって言ったら、マジ嬉しそうな顔すんのよ」
それって完全に僕のことじゃないかっ! ってか、女子にモロバレだったんだ!
というわけで、僕は30代独身なのにまだ落ち着きたくはなく、若作りという名の隠蔽工作を施した結果、夜な夜な図々しい求愛活動に勤しむヒト科のオスのことを「オジッパリ男子」と勝手に命名することにした。
街を見渡せば、そんなオジッパリ男子がうようよ生息している気がする。男子は子供を生むといった明確な事象がないからか、気持ちを若者から一気にオジサンにシフトすることができないのか。かくして男子は20代の若者からオジッパリな抵抗期、つまり隠蔽工作期間を10年ほど挟んで、ようやく40代になったときに心身ともにオジサン期に突入するのかもしれない。
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