前回までのあらすじ

超マイペース且つ大雑把なB型男子である僕の彼女は、あろうことか超几帳面なA型女子だった――。このエッセイは独身B型作家・山田隆道が気ままに綴る、A型彼女・チーとの愛と喧嘩のウェディングロードです。

緊張が先立つ結婚式と違い、披露宴はひたすら楽しいものだ。大勢の友人から無条件に祝福されることはもちろん、それ以上に快感なのは人前で偉い人から目一杯褒めちぎられることだ。普通に生きているだけでは、なかなかできない経験だろう。

僕の場合もそうだった。普段ツイッター(@yamadatakamichi)などでは読者から温かい言葉をいただく一方で厳しい批判を受けることも珍しくないが、披露宴では終始褒め言葉のオンパレード。特に新郎側の主賓としてお招きした某出版社の編集長氏の祝辞では、想像以上の高い評価、すなわち作家としての能力を称えていただいた。また、その他にも数人の方に祝辞をお願いしたのだが、誰も僕に対する悪い評価は口にせず、細かい人間性に至るまで称賛のシャワーを浴びせていただいた。

あれは本当に気持ち良かった。祝辞を聞いている最中、僕は恍惚の表情で快感を貪り、脳内から溢れ出るドーパミンに身を委ねていた。もちろん祝辞とはそういうものであるからして、すべての褒め言葉を真に受けているわけではないが、それでも嬉しいものは嬉しい。ましてや、それを自分以外の大勢の人々も聞いていると思うと、ますます高揚感に拍車がかかる。結婚式一連にかかった高額の費用も、あの底知れない快感を購入したと思うと、決して高くないのかもしれない。

思えば式の数日前、祝辞をお願いした友人からこんな相談を受けていた。

「祝辞ってどんな感じがいい? 場が盛り上がるような笑える祝辞から感動系の泣ける祝辞まで、色んなパターンがあるけど、何か希望はある?」

正直、最初は迷った。僕はきついジョークに寛容な人間だからか、ある程度毒舌が混じった笑い溢れる祝辞にも魅力を感じたし、結婚式という一世一代の大イベントを考えると、思いきり泣けるような感動系もありかもしれない。

しかし、結局はこう答えた。

「とにかく徹底的に褒めて!」

いやはや、本当に図々しい。褒め言葉を事前に依頼しておいたのだ。

とはいえ、実際に結婚式を経験して思ったのは、その判断に間違いはなかったということだ。今なら未来の新郎新婦に自信を持ってオススメできる。披露宴における祝辞はなるべく話上手はもちろん、中でも「褒め上手」な人物を選んだほうがいい。あるいは、僕がしたように事前に「褒められ祝辞」を依頼するのもありだろう。せっかく莫大な費用をかけるのだから、人生でもっとも他人から褒められる日にしないと割が合わない。笑いと涙は後から勝手についてくるものだ。

それに他人からあらたまって褒められると、有頂天になる一方で、今後の自分にとっての成長の糧と戒めにもなる。例えば「優しい性格が長所」だと褒められれば、これからもなるべく人に優しくしようと誓い、はたまた「仕事に責任感がある」と褒められれば、弛んでいた気持ちを再び引き締めるきっかけになる。

要するに、結婚式における「褒められ祝辞」は決してマイナスを生むことがないのだ。時に歯の浮くような少々やりすぎの美辞麗句が飛び交っても、それはそれで眉をひそめるような人はいないだろう。結婚式という最高の免罪符があるのだ。

今後、もし僕が友人の結婚式の祝辞を頼まれたら、そのときは迷うことなく、徹底的に相手を褒めようと思う。褒めるという行為は、一見簡単そうに思えて実は奥が深い。相手の良いところを意識的に探す必要があるわけで、したがって必然的に相手のことを細かく観察するようになった結果、新たな発見が生まれたりする。

以前、なにげなくテレビを観ていると、芸人さんたちが「許せない話」をするというトーク番組が目に留まった。それぞれの芸人さん特有の細やかな感性と鋭い観察眼で、世の中のあらゆることに一言物申し、そこから共感の笑いを生むわけだ。

観ている分には楽しかったが、出演する芸人さんたちは大変だと思う。あの番組があるおかげで、彼らは普段から「許せない話」、つまり腹が立つことを意識的に探すようになるんじゃないか。それって辛いだろうなあ。心が狭くなりそうだ。

そう考えると、僕はますます人を褒めることに尽力したいと思う。同じ細やかな感性と鋭い観察眼があるなら、それによって心を豊かにしたほうがはるかにいい。些細な欠点にいちいち目くじらを立てることなく、宮澤賢治の名文『雨ニモマケズ』のように「いつも静かに笑っている」が理想的だ。あらゆる矛盾や不条理を享受できる心があれば、こんなに幸せなことはないだろう。

何はともあれ、こうして3時間近くにも及ぶ僕らの披露宴は、最初から最後まで人生最高の快感に浸りながら幕を閉じた。結局、僕は一度も泣くことがなかったが、結婚式における新郎はそれでいいと思う。涙は新婦だけの宝だ。

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