前回までのあらすじ
超マイペース且つ大雑把なB型男子である僕の彼女は、あろうことか超几帳面なA型女子だった――。このエッセイは独身B型作家・山田隆道が気ままに綴る、A型彼女・チーとの愛と喧嘩のウェディングロードです。
去る4月29日に結婚式を挙げた僕とチーにとって、一番気を揉んだことはやはり東日本震災だった。事の発端となった最初の大地震が起こった日、すなわち3月11日はその結婚式が約1カ月半後に迫っている頃で、結婚式を一度でも経験した方はわかるだろうが、式の準備がいよいよ本格化してきた忙しい日々の最中だった。
その頃、僕が住んでいたのは体感震度が比較的激しいとされる14階建て高層マンションの13階だった。幸い、建物自体は無事だったのだが、部屋の中は激しい横揺れの影響でほぼ壊滅状態。これは大袈裟でもなんでもなく、本当にオモチャ箱をひっくり返したような、家具や物が部屋中に散乱している状態になったのだ。
僕は散乱した部屋をあえて原状復帰させなかった。元々3月下旬には新婚生活をスタートさせるための新居に引っ越す予定だったので、それなら引っ越しの日までこのままにしておき、その日が近づいたら散乱した物を段ボールに詰めていけばいい。あと数日しか住む予定のない部屋を、今さら片付けても徒労というものだ。
かくして、僕とチーは3月11日以降、ありがたいことに近くに住むチーの姉夫婦の家に居候させてもらうことになった。期間は引っ越しまでの約1週間だ。
この1週間はとにかく葛藤した。チーの身内とはいえ、多少は気を遣って当たり前の居候生活。姉夫婦はなるべく僕らを楽にさせようと様々な配慮をしてくれ、それはそれで感謝感激だったのだが、だからといって今までと同じように心底くつろげるわけじゃない。やはり多少は生活のリズムが狂うし、精神状態も不安定になるわけだ。
それに加えて、連日連夜テレビのニュースで繰り返される東北地方を中心とした震災被害の凄惨な映像、そして原発関連の危機的状況、停電・節電の具現化。さらに昼夜問わず頻発する強い余震、それを知らせるために度々携帯電話から不意に発せられる緊急地震速報の仰々しいアラーム音。それらすべての非日常的事象がみるみる積み重なり、僕らはますます混迷した。今の日本は間違いなく平時ではない、これは戦後最大の有事のひとつだ。僕らは今まさに、そんな国難に直面しているのだ。
そんな中、次に僕らが襲われたのは例の不謹慎及び自粛の念だった。
これには賛否両論の様々な意見が飛び交っているのは百も承知であり、当然僕も思うところは色々あった。確かになんでもかんでも「やれ不謹慎だ、やれ自粛だ」と騒ぎ立て、周囲を圧迫するのは良くないと思うが、だからといって「今こそ元気な人はなるべく元気に振る舞い、あらゆる意味で活性化させたほうがいい」などといった簡単な論調で片付けられる問題でもない。某政治家が花見の自粛を呼びかけ、それが物議を醸したこともあった。確かにそれはやりすぎだと思う気持ちはあるものの、その一方で毎年花見の警備に多数の警察官が駆り出されており、今年はそこまで手が回らないだろうという現実的な理屈も考慮しなければならないわけだ。
謹慎とは、言わば自らが何らかに憂慮して行動を慎むことだ。被害に遭われた方々のことを思いやり、気遣い、お悔やみを申し上げるという自らの気持ちを具体的な行動に表わすことが謹慎であり、自粛だと僕は考えている。だから楽しみにしていた花見を慎むことが、その人にとっての気遣いの表れなら、それも正解の一つであり、禁酒もまたしかりだろう。何を慎むかは、個人それぞれに委ねればいいのだ。
したがって、間違っても謹慎や自粛を他者に強要してはいけないと思う。思いやりや気遣いを表す方法は人によって様々で、自分の小さな物差しで他人の心の中を推し量ってはいけない。極論、義援金もそうだ。高額の義援金を出した人は確かに素晴らしい。しかし、金を出さない人、あるいは出せない人が批判される筋合いはまったくなく、ましてや罪悪感を覚える必要もない。もし仮に日々の生活に困窮する貧しい人が寄付する金がない代わりに千羽鶴を折って被災地に寄贈したのなら、その行為には孫正義の義援金100億円に相当する価値があるだろう。これは僕の意見だ。
そういう意味では、僕はどうするべきなのか。3月のあの日以降、しばらくずっと結婚式の是非について考えていた。式場の担当者曰く、3月中の式はもちろん、4月に予定していた式に関しても、いくつかキャンセルや延期の連絡が入ったという。なるほど、やはり「結婚式自粛」の断を下した人は少なくなかったか。
一時はそんなふうに葛藤していた僕だが、その後あることがきっかけで再び結婚式に正面から向き合おうという気持ちになった。
それは結婚式にお誘いしていた友人・知人たちから届いた、出席を示す返信ハガキの数々だ。本当に多くの方々がハガキに記載されている出席欄に○印をつけ、思い思いの祝福の言葉や式を楽しみしているという旨を書き添えてくれていたのだ。
チーの友人の中には、原発問題に揺れる福島県に住む人もいた。その人は郷里が未曽有の危機に瀕しているにもかかわらず、無条件に僕らの門出を祝う言葉を綴ってくれた。正直、こんなにありがたいことはない。こんなに意気に感じることはない。ここで僕らが結婚式を慎んだら、その想いを無駄にすることになるんじゃないか。
また、僕の胸中を心配してか、こんなメールを送ってくれた人もいた。
「結婚式は淡々と迎えましょう。中止、延期はなしがいいと思います。この国難の時期に結婚式を挙げ、皆から祝福されたという事実は、きっと二人への最大のエールであると考えます」
かくして、僕の中に「結婚式自粛」という選択肢はなくなった。
よし、こうなったら本気でやろう。やるからには中途半端なことはせず、とことん真剣に準備しよう。出席していただいた方々が、みんな間違いなく楽しめるような最高の結婚式にして、僕らの門出を多くの人に見てもらおう。
3月下旬の候、そして僕らは予定通りの結婚航路に舵を切り直したのだ。
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