前回までのあらすじ
超マイペース且つ大雑把なB型男子である僕の彼女は、あろうことか超几帳面なA型女子だった――。このエッセイは独身B型作家・山田隆道が気ままに綴る、A型彼女・チーとの愛と喧嘩のウェディングロードです。
チーは僕の婚約者だ。だから沖縄に住む彼女の祖父母のもとに、結婚の挨拶に行くのは当然の礼儀である。しかし、そんな挨拶の日の直前にまさか祖父が急死してしまうとは――。本来ならおめでたいはずの日が、告別式に様変わりしたのだ。
かくして那覇空港に降り立ったとき、僕は黒いスーツに黒いネクタイという喪に服した装いだった。もちろん、隣のチーも喪服である。周囲は観光客らしき人々で賑わっていたため、空港内の僕らはいよいよ浮いていたことだろう。
チーの祖父母宅は沖縄本島の南端に位置する糸満市喜屋武という岬にある。このあたりには昔からの地元民が多く住んでいるため、いかにも琉球風の独特なコンクリート造りの家屋が建ち並んでいる。小さな町内の雰囲気はテレビなどでよく目にするリゾート地・沖縄の風情ではなく、どちらかというと琉球王国の歴史と伝統を感じさせる。広大な田園のほとんどがサトウキビとドラゴンフルーツ畑らしい。
祖父母宅に到着すると、すっかり告別式の準備が整っていた。おそらくチーの親戚であろう、沖縄らしい顔立ちをした老若男女が多数集まっており、祭壇には亡くなったばかりの祖父の遺影が大きく飾られていた。
「うわあ、本当に死んじゃったんだ……」チーが呟くように言った。
きっと告別式の様子を目の当たりにして、ようやく祖父の死に実感が湧いてきたのだろう。僕も祖父が死んだとき、同じ気持ちになったことを覚えている。人間誰しもだと思うが、電話で訃報を聞いただけでは、いまいちピンとこないものだ。
最初、僕は当然ながら自分の居場所が見つからなかった。それどころか、どんな顔をすればいいのかもわからない。その段階での僕はチーの正式な夫でもなければ、祖父母や親戚とも初対面だ。普通に考えて、告別式に参加する資格はないだろう。
しかし、チーママ(チーの母親)の存在が心強かった。チーママは明らかに居心地悪そうにしている僕を見つけるなり、「タカちゃん(そう呼ばれてます)、みんなに紹介するからおいで」と声をかけ、告別式特有のしめやかな空気の中、祖母はもちろん他の親戚連中にも僕をどんどん紹介してくれたのだ。
さらに驚いたのは、沖縄の人たちの陽気さである。チーママに紹介された僕は遠慮がちに挨拶することしかできなかったのだが、一方のみなさんはとても告別式とは思えないような明るい雰囲気で、祖父の遺影に気後れすることも躊躇うこともなく、僕とチーの結婚を堂々と「おめでとう!」と祝福してくれたのだ。
いやはや、噂には聞いていたが、本当に南国の人はおおらかだ。弔事と慶事が同居する複雑な空気であっても、それとこれとは別、言わば「なんくるないさー」の精神でにこやかに接してくれる。その瞬間、僕の中で沖縄に来たという実感がみるみる強くなった。景観や気候ではなく、そこに住む人々に南の風を感じたのだ。
告別式自体も本州のそれとは違い、なんとなく和やかで明るい雰囲気だった。さすがにお坊さんの読経中は静かだったが、それ以外は大きな声で私語を楽しみ、終始笑い声が絶えない。高齢の方が大半を占めていたためか、ネイティブの沖縄弁が四方八方に飛び交い、僕は八割がたヒアリングできなかった。正直、外国みたいだ。
中でも新鮮だったのが、告別式だというのに堂々と柄物のシャツを着ている中年男性がいたことだ。最初、僕はその男性を訝しげに見ていたが、途中でチーに聞いたところ、あれはいわゆる「かりゆしウェア」であり、沖縄では正装なのだという。
また、墓地に納骨するまでの流れも印象的だった。故人のお骨を車で墓地まで運ぶ道中、ある地点でいったん車を停め、道路の中央にお骨とお供え物を並べると、そこで親戚一同が両手を合わせ、祈りを捧げだしたのだ。
はて、いったい何をやっているのか――。僕は目が点になった。
すると、チーが説明してくれた。
「この道を抜けると違う町になっちゃうから、オジイはここで自分が生まれ育った町にお別れするの。もうこの町には帰ってこれないけど、今までありがとうって」
妙に納得した。普段、東京に住んでいると忘れがちになるが、地球上の人間のほとんどは生まれた町で生きて、生まれた町で死んでいく。「故郷」などという概念は、実は生まれた町から巣立っていった限られた一部の人間の中にしか存在しないのだ。
人間の死は残された家族や友人との別れであると同時に、生まれ育った町との別れでもある。きっとチーのオジイは、この沖縄の南端に位置する小さな町に家族や友人と同じぐらいの大きな愛着を持ち、町のあちこちと多くの会話を交わし、数えきれないほどの思い出を積み重ねてきたのだろう。町はもう一人の親なのだ。
<次回につづく>
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