前回までのあらすじ

超マイペース且つ大雑把なB型男子である僕の彼女は、あろうことか超几帳面なA型女子だった――。このエッセイは独身B型作家・山田隆道が気ままに綴る、A型彼女・チーとの愛と喧嘩のウェディングロードです。

来るべきチーとの結婚を前に、僕は沖縄に住むチーの祖父母に挨拶に出向く予定だった。航空券も手配し、顔見世の品も購入していた。旅の準備は万端だったのだ。

ところが出発する直前、あろうことかチーの祖父が他界した。

心不全だった。その夜、病院嫌いの祖父が珍しく体の不調を訴え、さすがに車で病院に向かうことになったものの、その車中であっけなく息を引き取ったという。享年は米寿を迎えたばかりの88歳。もうすぐ病院に到着するところで亡くなるとは、実に病院嫌いらしい散り際だ。最後の最後まで医学に抗い続けたのか。

訃報を聞いてから、僕は悩みに悩んだ。なにしろ予定していた挨拶の日が、急遽告別式に変わったのだ。つまり、このまま予定を変更せずに僕とチーが沖縄に向かうということは、そのまま告別式に参列することを意味しているわけだ。

もちろん、故人の孫娘であるチーは告別式に出るだろう。実際、チーの母親(便宜上、以後はチーママ)や弟も一足先に沖縄に飛んだ。しかし、僕はどうすればいいのか。その時点での僕は確かにチーの婚約者に違いなかったが、まだ入籍しているわけではなく、ましてやこれから初めてチーの祖父母に挨拶しようという段階だった。すなわち、故人の親戚でもなければ、一度も会ったこともない人間だったのだ。

正直、最初は訪問を延期しようと思った。チーだけ告別式に参列して、僕は四拾九日が明けるのを待つべきだ。そして、日をあらためて祖母に結婚の挨拶に出向き、そのとき祖父の墓前に手を合わせるのが理想的なのではないか。祖父に会ったことのない赤の他人が訳知り顔で告別式に参列するのは、やはり道義的におかしいだろう。

そんな決意を一度は固めたものの、またすぐに葛藤した。

東京と沖縄は簡単に行き来できる距離ではないため、あと数カ月で結婚式ということを考えると、ここで沖縄訪問を延期すれば、しばらく沖縄に行ける休日はないだろう。つまり、結婚式当日がチーの祖母との初顔合わせになる可能性が高く、できればそれは避けたい。慶事に無礼な泥を塗るのは僕の信念が許さないのだ。

また、そもそも結婚式自体を延期すべきなのではないか、という懸念もあった。

説明するまでもなく、祖父はかなり近い身内である。そこに不幸があったということは、もしかすると四拾九日程度の喪中では済まないかもしれない。年内いっぱいまでは慶事を控えたほうがいいという、チー側の動きが出てきてもおかしくない。

ただし、チーの祖父が亡くなったばかりの状況を考えると、今の僕に発言できることは何もないだろう。ここは黙ってチーの心労を気遣い、彼女の指示にしたがうのが最善だ。チーが僕以上に葛藤し、深く傷心しているのは確かめるまでもない。

しかし、いずれの道になるにせよ、一つだけ至急対応を考えなければならないことがあった。予定していた訪問の日、つまり祖父の告別式に変更された日に、祖父母宅に僕からの結婚記念品が宅配で届くようになっており、それをなんとかして食い止めなければならない。その品には大きく「寿 山田隆道」と書かれているからだ。

これはかなりやばい。このまま何もしなければ、故人の親戚や友人たちが悲嘆にくれるしめやかな告別式の最中に、あまりに場違いな「寿」の品がやってくることになる。しかも、わざわざ「山田隆道」と自分の名前まで呑気に晒すとは失礼にもほどがある。それを見たときの参列者の顔を想像すると、それだけで背筋が寒くなった。間違いなく、僕はチーの親戚連中から大顰蹙をかうだろう。神様は悪戯だ。いや、たぶん悪戯好きの無垢な子供だ。だから、運命とはタチが悪いのだ。

そんな中、僕の焦りと不安を知ってか知らずか、チーがこんなことを言った。

「お母さんに相談したら、タカちゃん(そう呼ばれてます)も告別式に参列していいって。向こうも事情はよくわかっているから、やっぱり予定通り沖縄に行こう。記念品もお母さんがちゃんと事情を説明してくれるって」

チーは珍しく気丈な表情だった。普段のチーはどちらかというとトラブルの類に弱いというか、こういう不測の事態が起こったときに冷静な対応や判断をテキパキとできるタイプではないが、このときばかりはいつもと様子が違った。不安がる僕の心中を察し、ただちにチーママと相談した結果、かような指示を下してきたのだ。

こうなったら沖縄に行かないわけにはいかないだろう。これから自分の妻となるチーの心意気を、同じく夫になる僕がどうして無駄にできようか。

かくして、僕とチーは当初の予定通り沖縄に飛んだ。何を隠そう、僕にとっては生まれて初めての沖縄だ。まさかそれが喪服持参になるとは――。

空路、僕の心臓はずっと早鐘を打っていた。

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