前回までのあらすじ

超マイペース且つ大雑把なB型男子である僕の彼女は、あろうことか超几帳面なA型女子だった――。このエッセイは独身B型作家・山田隆道が気ままに綴る、A型彼女・チーとの愛と喧嘩のウェディングロードです。

お風呂に入ったとき、洗い場のところでこっそり尿をするか――。僕が思うに、みんな口には出さないものの、結構やっているはずだ。きっちりアンケートをとったわけではないが、なんとなくそう思う。何を隠そう、僕がそうだからだ。

特に冬場はなおさらだ。寒さに凍えそうになりながら脱衣所で裸になり、風呂場に入って温かいシャワーを出すと、どういうわけか猛烈に尿意をもよおしてしまう。寒から暖への急激な変化は、委縮していた人間の尿道を一気に緩くするのだろう。

このことは婚約者のチーにはずっと内緒にしてきた。几帳面なA型女子であるチーのことだ。まさか自分の婚約者の男性が30代半ばにもなって、お風呂の洗い場でこっそり尿をしているとは夢想だにしていないだろう。実際、尿なんてシャワーで洗い流せば無問題だ。臭いも残らないし、ばれようがないじゃないか。

先日、僕とチーは来るべき結婚式に備えて、新居に引っ越したのだが、その新居のお風呂でも早速それを実行した。チーのすぐ後に風呂場に入った僕は、洗い場の椅子に座るなり、シャワーの蛇口を緩めながら同時に尿道も緩めたわけだ。

正直、完全に習慣になっていると思う。子供の頃からずっと当たり前のように洗い場で尿をしてきたから、今ではお風呂に入ると無意識に尿が出てしまう。裸になった解放感に加え、シャワーの音と温かさが、僕の尿意を勝手に刺激するのだ。

ところがその翌日、僕は朝起きるなり、チーにこっぴどく怒られた。

「ちょっと、お風呂でなにしてんのよ!?」

「えっ」僕は途端に動揺した。まさか僕の長年の秘密である"風呂場おしっこ"がチーにばれてしまったのか。おかしい、そんなはずはない。昨夜、しっかりシャワーで残尿を洗い流したはずだ。そのへんの後処理に抜かりがないからこそ、今まで誰にもばれなかったわけで、そんな初歩的なミスを今さら犯すわけはないだろう。

「どうしたん? 風呂場で何かあったん? 」

僕はできるだけ平静を装いながら、チーの顔色をうかがった。すると、チーの下唇が豪快にめくれあがっており、明らかに怒っているときの表情だった。

「とりあえず風呂場を見てみなさい! 」とチー。そのまま僕を誘導する。

これはいよいよばれたのかもしれない。僕は高鳴る心音を抑えながら、恐る恐る風呂場に向かった。もしや新居に引っ越したことで、チーの几帳面アンテナがいつもより感度良好になり、わずかに残っていた尿素を逃さず感知したということか。

しかし、いざ風呂場を覗いてみると、そんな予想をはるかに超えた衝撃的な光景が僕の目に飛び込んできた。

洗い場の椅子に"ウンスジ"がついていたのだ。(食事中の方、ごめんなさい)

「ああ……」さすがに言葉を失った。確かに残尿ではなかった。それに関しては、やっぱりばれていなかった。けど、こっちのほうだとは僕も予想外だったのだ。

「あのねえ、30過ぎたいいオッサンが風呂場の椅子にウンスジ残すってどういうこと!?」 チーは紅潮した顔で、烈火の如くまくしたてた。「まったく、情けない! お風呂出るとき、きっちりチェックしなさいよ! 」

「ごめん、お風呂ではコンタクト付けてないから見えなかったんです……」

「馬鹿、ちゃんとトイレでお尻拭いてるの!?」

「うん、拭いてるよ。拭いてるけど、ちょっと緩くて……」

「馬鹿っ!!」この日一番の大声が響いた。「新居初日に風呂場にウンスジ残すような30代半ばのちっちゃいオッサンと結婚する女の身にもなってよ!! 」

うーん、すごい台詞だ。僕のことを簡潔に表現するとそういう台詞になるのか。あらためて聞くと、我ながらとんでもない男である。本当にごめんなさい。

それ以降、チーはそれをネタに僕を再三いびるようになった。今でも僕がトイレから出てくるたびに、「ちゃんと拭いた? 」と嘲笑気味に訊いてくる。お風呂から上がった後はなおさらだ。「椅子拭けよ」と冷たく釘を刺してくるわけだ。

僕としては結婚を前に非常に心が痛い日々が続いている。父親の遺伝のせいか、僕は生まれつき腸が弱く、子供の頃からこういった失態で散々恥ずかしい思いをしてきただけに、あの頃の苦い記憶がフラッシュバックされてしまうわけだ。

しかし、これでもチーにふられなかったということは素直に嬉しくもあり、なんとなく二人の未来に安心感を覚えた。結婚と恋愛の違い、すなわち愛と恋の大きな違いとは、きっと互いの失態に直面したときにわかるものなのだろう。

今回は汚い話ばかりでごめんなさい。

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