前回までのあらすじ

超マイペース且つ大雑把なB型男子である僕の彼女は、あろうことか超几帳面なA型女子だった――。このエッセイは独身B型作家・山田隆道が気ままに綴る、A型彼女・チーとの愛と喧嘩のウェディングロードです。

結納がいよいよ迫ってきたある日、僕とチーは東京の池袋に住むある老夫婦の家を訪ねた。僕の母親の両親、つまり母方の祖父母に結婚の報告をしたかったのだ。

不意にそう思い立ったのは、その二週間ぐらい前に大阪に住む母親からかかってきた、こんな電話がきっかけだった。

「隆道、おばあちゃんが倒れた」

母方の祖母は80歳を超えており、以前から様々な病気を患っていた。そして、それがいよいよ悪化したらしく、ついに病院に搬送されたという。幸いにも命に別状はなく、数日入院した後、無事退院して自宅療養に戻ったのだが、それ以降も88歳の祖父が祖母の介護をするという、いわゆる老々介護の状態が続いるのだ。

だからして今回の祖父母宅への訪問には、僕とチーの結婚報告以外にも祖母の見舞い、そして祖父に対する慰労という別の意味もあった。祖父母宅を訪ねるのは約十年ぶりぐらいだ。同じ東京に住んでおきながら、我ながら不義理な孫だと思う。

久々に会った祖父母は、以前と変わらず優しかった。

僕がチーとの結婚を報告すると、祖父は昔より何倍も皺くちゃになった笑顔で素直に喜んでくれた。初めて会ったチーのことも一発で気に入ったようだ。

一方の祖母は別人かと見紛うほど痩せ細っており、ずっと寝たきりだった。トイレにも一人で行けないらしく、オムツをしている状態だとか。僕の記憶の中にある在りし日の祖母は、どちらかというと気丈で恰幅がいい女性だった。そんな祖母がここまで弱々しい姿になるなんて、僕はあまりのギャップに動揺を隠せなかった。

しかし、それでも祖母は女だった。チーが「はじめまして」と挨拶をすると、病床の祖母は薄くなった白髪を指で何度もとかしながら、「せっかくわざわざ挨拶に来てくれたのに、美容院に行ってなくてごめんね」と恥ずかしそうな顔をしたのだ。

元気だった頃の祖母は確かにお洒落だった。だから、いかにも祖母が言いそうな台詞なのだが、さすがにこの寝たきりの状況を考えると衝撃だった。いやはや、女は強い。きっと祖母は死ぬまでガールなのだろう。

「結婚式が楽しみだわ。早く元気にならないと」病床の祖母が強い口調で言った。「チーちゃんのドレス姿が見たいからねえ」はにかんだような笑顔も見せた。

重い病気とはいえ、祖母の性格は気丈なままだった。結婚式どころか、結納にも出席するつもりなんじゃないか。僕はなんとなく安心感を覚えた。あのたくましかった祖母のことだ。この前向きさがあれば、あっというまに元気になるだろう。

帰り際、祖父が言った。

「今日のおばあちゃんは、いつになく嬉しそうだった。たぶん隆道の結婚式に生き甲斐を感じたんだろう。老いぼれには、生き甲斐が何よりもの薬なんだよ」

来て良かったと思った。自分の結婚によって祖母が少しでも元気になるなら、これ以上の喜びはない。来る結婚式、きっと祖母は精一杯お洒落するのだろう。おばあちゃん、最近はカツラの性能が進歩したから薄くなった白髪にも安心だね――。

そして、それから数週間が経ったある日、祖母は突然永眠した。

結婚式どころか結納の日にも届かない、あまりにあっけない最期だった。せめてもの救いは、五十年以上連れ添った最愛の祖父に看取られたことかなあ。

葬式の日、棺桶の中の祖母を見ながら、祖父が小声で「ありがとう」と言ったことが今も忘れられない。一言だけだったが、あれ以上の弔辞はないと思う。

その後、僕とチーの結納は祖母の四十九日法要が明けた頃に厳かに行われた。

「幾久しくよろしくお願いします」両家の親族のみが出席する中、僕の親とチーの親が記念の品を贈りあい、儀式は滞りなく進行していく。もちろん、その式で僕はチーに婚約指輪を贈った。チーからはカフスボタンとネクタイピンをいただいた。

こうして僕とチーは晴れて正式な婚約者となった。その後は両家の親睦を深めるためにささやかな食事会が開かれ、僕らはたくさんの祝辞をいただいた。

素直に幸せだと思った。両家全員で撮影した写真を見る限り、みんないい笑顔をしている。祖父も写真を見ながら、より顔を皺くちゃにして喜んでいた。

「おばあちゃんも喜んでると思うよ」祖父の短い言葉は、いつも僕の気持ちの核心をついてくる。「隆道に幸せを運ぶために、おばあちゃんは頑張ったんだ」

そうか、この幸せは祖母のおかげなのかもしれない。禍福は糾える縄の如し。今からずっとずっと昔に祖母から母が生まれ、ちょっと昔にその母から僕が生まれ、そして今、その僕が晴れてチーと結婚すると知って、祖母は安らかに息を引き取った。

そうだ、きっとそうだ。そんなふうに地球は回っているのだ。

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