前回までのあらすじ
大雑把な30代独身B型作家である僕(山田隆道)の彼女は、チーという名の几帳面なA型女子。このたび、そんな正反対の二人ではじめての大阪旅行をすることになり、チーを大阪にある僕の実家に連れて帰ることになったのだが――。
チーとの大阪旅行初日もあっというまに深夜12時を過ぎ、後は僕の実家に帰宅して就寝するだけとなった。実家まではタクシーで帰ったほうが妥当な距離だが、なぜか僕とチーは国道沿いの夜道を二人で歩いていた。ちなみに二人の間に会話はまったくない。この日二回目となる大喧嘩をした直後だったからだ。
「ねえ、歩いて帰るの?」僕がなんとなく訊くと、チーはぶっきらぼうに「歩きたい気分だから」と呟き、その後は再び黙り込んで歩を進めていく。たぶん、ここから家まで歩くと30分以上はかかるだろう。遊び疲れた体を考えるとタクシーに乗りたい気分だが、だからといって一人で乗るわけにもいかない。喧嘩の火が消えていない状態で、そんなことしたら火に油を注ぐようなものだ。
かくして実家まで歩いて帰ることになった。二人の間に重苦しい空気が漂った状態で、30分以上のウォーキングはかなり辛いものがある。ただでさえ、このところ頻発する喧嘩に精神が辟易しているというのに、さらに心身ともに鞭を打つとは、僕ら二人は一体どこへ向かおうとしているのか。
恋人同士にとって初めての旅行とは、お互いの今まで見えなかった部分が浮き彫りになることで、さらに仲を深める場合もあれば、その一方で二人の価値観の相違が決定的になり、それがいつかの別れに繋がることも少なくないと聞いたことがある。果たして、僕らは前者なのか後者なのか。旅行初日で早くもこんなディープなことを考えている僕は、きっとチーとの将来になんとなく不安を感じているのだろう。
その後、15分ぐらい歩いたところで、チーが久々の声を発した。
「ねえ、あと何分くらいで着くの?」
「えっ、たぶんあと20分もあれば着くと思うけど」僕は咄嗟に実家までの距離を計算した。チーは大阪が初めてだから、地理感覚がまったくわからないのだろう。
「疲れた? タクシー乗る?」僕が恐る恐る確認すると、チーは首を横に振った。
「いい。15分ぐらいだったら最後まで歩く」
そう力強く宣言し、再び黙り込むチー。僕は小さく溜息をついた。知らず知らずのうちに、チーに異様な気を遣っている自分が少し嫌になる。なんで、ここまでチーの機嫌をうかがわなければならないんだ。ますます疲れるじゃないか。
さらにそれから20分後、今度は不安と焦りが僕の胸に込み上げてきた。
20分経っても、まったく実家に着く気配がなかったからだ。
やばい、さっきチーには20分で着くと言ったのに、とんだ計算違いだ。この調子だと、まだあと10分以上はかかるぞ。またチーを怒らせるかもしれない。
「まだ着かないの?」チーが不意に訊いてきた。
「えっ」全身に動揺が走った。どうしよう。脳を高速回転させる。一瞬適当にごまかそうかと思ったが、ごまかしたところで距離が縮まるわけでもない。だったら、ここは素直に謝ったほうがいいだろう。「ごめん……。さっきは20分で着くって言ったけど、ちょっと計算違いしてて……。まだ10分以上はかかると思う」
すると、チーは意外なほど大人な返事をしてきた。
「別に謝らなくていいよ。間違いは誰にでもあることだし」
しかし、だからといって口調や表情がにこやかというわけではなく、明らかに不機嫌そうな負のオーラを全身から発散していた。
だから、僕はあっけなく手詰まりになった。こういう「口で優しく、態度で冷たい状態」ほど、どう対応していいかわからないものはない。チーのほうから「謝らなくていいよ」と牽制された以上、さらにしつこく謝っても間違いなく逆効果だろう。要するに、僕に残された選択肢は黙って歩き続けるしかないのだ。
さらにそれから数分後、雨が降ってきたから余計にたまらない。
当然傘はなく、近くにコンビニも見当たらない。実家まであと10分を切った段階ということを考えると、ここは雨を我慢して歩き続けるしかないだろう。
しかし、そんな僕を嘲笑うかのように、雨足はみるみる強くなり、あっというまに土砂降りになった。とてもじゃないけど、我慢できるレベルではない。
そこで、あろうことかチーの不機嫌火山がついに爆発した。
「ちょっとっ。なんなのよ、これ!」そう吐き捨て、雨の歩道を走り出す。僕は慌てて追いかけながら、タクシーを探した。しかし、一般の車すら見つからない。
どうしよう、最悪だ――。
僕の精神疲労はいよいよ限界に達しようとしていた。
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