漫画家・羽海野チカによる大ヒット漫画『3月のライオン』。将棋界を舞台に、プロ棋士である1人の高校生・桐山零が、壮絶な過去を持ちながらも周囲の人間との関係を深め、成長していく。個性豊かなプロ棋士達、零と交流を深める下町の川本家の姉妹たち、零の育ての親である棋士・幸田家の家族など、それぞれのキャラクターの背景や思惑がより合わさった人間ドラマが2部作として映画化され、前編・後編が公開中だ。
谷島プロデューサーが「原作を読んだ瞬間に浮かんだ」という大友啓史監督だが、発表されたときには「まさか」という驚きの声が多かった。大友監督がメガホンをとった理由とは。
意外性のある方にお願いしたかった
――そもそも、なぜ大友啓史監督だったんでしょうか? 「原作を読んですぐに大友監督だと思い浮かんだ」というお話でしたが、『ハゲタカ』『るろうに剣心』などの作品が印象的だったので、製作発表時、世間から驚かれていましたよね。
これだけの多才で異才な原作ですからねぇ。捉え方も多種多様になる……映像化する上では、最も恐ろしい、手ごわい作品です。キャスティングと同じで、青春映画を得意とする方にお願いして予定調和の中で行くよりも、「この人が!?」という意外性のある方、この原作に対峙できる方にお願いしたかったんです。
もちろん私なりの勝算はありました。みんな忘れているのかもしれないですが、大友監督って、21世紀の朝ドラの先駆けである『ちゅらさん』を撮っているんです。『ちゅらさん』は、沖縄を舞台にした元気一杯なホームドラマ。一方、大河ドラマ『龍馬伝』のような、幕末の血の匂いがムンムンしてくる作品も撮れる。『3月のライオン』という作品には、両方の要素があると思うんですよ。残酷さと暖かさを両方撮れる人は、大友監督以外にあの時考えられなかったんですよね。
――実際、『3月のライオン』で作品をつくられて、大友監督にして良かったと思ったところはいかがでしたか?
堂々としている、そこが1番だと思います。脚本を練っている時に、「将棋のシーンをどうするか」という話になるじゃないですか。どうやったって、2人が向かい合ったらアングルはある程度決まってしまう、選択肢がない。NHKの将棋中継になってしまう(笑)。大友監督には冗談で「手から炎とか出るんですよね?」という話をしたくらいです(笑)。
もちろんそうやってCGを使ってド派手にすることもできるし、川本家も少女漫画の表現のようにファンタジックにシャボン玉のようなものを飛ばしたりしてもいいわけです。でも堂々と、「人間のドラマを作る」というところにフォーカスした。闘っているシーンを激しく撮るんじゃない。その人が、朝起きて、家から出て、歩いて、千駄ヶ谷について、将棋会館に入っていくまでの人生が描けていれば、きっと緊張感や目に見えない運命に向かっていく様が出る。監督は、小手先芸を使わずに、堂々とした人間の心のぶつかり合いを活写したかったんだと思います。ささやかな幸せを見つけながら、心を溶かし、知らず知らずのうちに大きな運命に向かっていく少年の物語ですからね。
1つだけ技術的に工夫したのは、アナモルフィック・レンズという、ワイドに撮れる特殊レンズを使ったところです。かつては『アラビアのロレンス』を撮ったような、大スペクタクル用のレンズです。大友監督も初めて使うものでした。
――どういう点が良かったんですか?
将棋のシーンも、川本家のシーンも、全て盤(板)、将棋盤と卓袱台の上で展開するので、どうしても狭いじゃないですか。それを特別なレンズを使って広くワイドに映画的空間に見せた。そこに座っている人間の将棋の闘いや心情、三姉妹の暖かさ、そんな何でもない日常を、圧倒的な迫力で見せていくんですね。これぞ映画の力、劇場の巨大スクリーンでしか体感できない情感です。だから、手から炎が出る必要がないんですよ。
不思議なもので、対局シーンで向かい合う棋士たちは、将棋盤を挟んで、すごく間が離れているようにも見えるし、キスをするぐらいに近づいて見える時もあるんです。それは監督が思い描く心情と撮影の山本英夫さんのカメラワークが共鳴し、登場人物の心の距離を表すバリエーションを切り取ってるんですね。これぞ、映画だけに与えられた感動じゃないでしょうか。
■谷島正之
1967年生まれ、東京都出身。『西の魔女が死んだ』(08)、『戦慄迷宮3D』(09)、 『ラビット・ホラー3D』(11)、ヴェネチア映画祭コンペティション出品作『鉄男 THE BULLET MAN』(10)、『くるみ割り人形』(14)、『リアル鬼ごっこ』(15)など、清水崇、塚本晋也、園子温、増田セバスチャン、白石和彌らと話題作を製作。共同製作として蜷川実花監督の『さくらん』(07)と『ヘルタースケルター』(12)がある。著書に『3D世紀 驚異!立体映画の100年と映像新世紀』(ボーンデジタル)がある。
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