室屋智美さん(右)のご家族

ファームランド櫻島では、桜島の火山灰土壌のミネラル豊富な特性と錦江湾から吹く潮風、そして海藻を肥料化するなど自然の恵を生かし、桜島大根や桜島小みかんをはじめとした季節の野菜や果物を農薬、化学肥料を使わずに栽培しています。

中でも、桜島大根は200年以上の歴史を持つ鹿児島県を代表する伝統野菜の一つ。収穫最盛期は1月中旬から2月上旬で、1本当たりの重量は平均で10~20㎏。今でこそ、桜島大根といえばファームランド櫻島というほど名を馳せていますが、かつては桜島をから離れた鹿児島市街で青果店を経営していたことも。現在の取り組みに至る経緯をお聞きしました。

「桜島出身の父はもともと、家業である農業を幼い時から手伝ってきたそうです。農業高校卒業後に就農するも、その翌年に桜島の火山活動が活発化し、畑は降灰の被害を受けて丸2年作物が栽培できない状況になりました。家族を養うため、父は畑を両親に預けて鹿児島中央駅近くで1974年に青果店を開業。週末や長期休みになると桜島に戻って畑作業を続けていました。青果店も繁盛していたのですが、桜島で農業をしたいという父の思いが消えることはなく、50代半ば31年間続けた青果店を閉めて桜島に出戻りしました」(智美さん)

青果店では見た目が奇麗で安価の物が良く売れたそう。利清さんはその経験をもとに、慣行栽培で味が良く、見栄えの良い野菜をたくさん作ろうと考えていたそう。農薬を使わない栽培方法に考えを変えたきっかけは、孫が生まれたことだったと言います。

「もともと父自身、現在では販売禁止になっている農薬製品を散布した際に不自然に髪が抜けて丸坊主になってしまった経験がありました。そんな中、孫が生まれたことで安心な野菜を食べさせたいという思いが大きくなったようで、現在の栽培方法で取り組むことになりました。昔がんを患った経験から、より安全・安心な農法を求めていた私の希望でもありました」

桜島大根の葉

とはいえ、近隣に農薬を使わず伝統野菜を育てる農家はおらず、手探りでのスタートでした。それどころか、室屋さん家族に心ない言葉を掛ける人も居たそうです。試行錯誤の日々が続く中、海藻が良い栄養分になるのではないかと考え、海から海藻を拾ってきて、干したものを畑に撒くなど地道な取り組みを続けました。これは桜島の灰と海藻のミネラルが土壌を豊かにして、作物がおいしく育ち、吸収されなかったミネラル分は海へ戻り、そのミネラルが海藻や魚たちを育て、その海藻が再び畑に戻ってくるという循環型農業の構想に基づくものです。

「試行錯誤をする中、いろいろなご縁がつながり関西の農学博士の方が桜島に自費で来てくださり無農薬栽培についてとても分かりやすく説明してくれました。この先生との出会いが後押しとなり、現在の栽培方法へ本格的にかじを切る決意ができました。言い出しっぺの私も一緒に農業を始めることに。一時は何町もの畑で桜島大根や差桜島小ミカン、季節の野菜を栽培していましたが、現在は2反に縮小。たくさん作ってもロスが出てしまうので、1本1本を大切に育てていきたいという思いで現在の栽培面積になっています」

桜島大根の畑からは桜島を望める

桜島の土壌には噴石が多く含まれています。噴石には無数の穴が開いており、土壌の余分な水を吸い取り水はけが良くなります。桜島大根の種まきは8月~9月ごろで、収穫までの管理作業は全て手作業で行っています。

農業経験のある利清さんに指導されるがまま、母の昭江(あきえ)さんと智美さんは日々農作業に明け暮れ大変だったそうですが、農業をする中で感じる風や鳥の鳴き声、作業中に畑で出会う近所の人々との交流をする時間がとても楽しく幸せなものと感じます。その経験をもとに、畑で過ごす優しい時間をみんなで共有したいと畑でのイベント開催や、カフェの開業につながっていきます。

「2013年に、農家のお昼ご飯をコンセプトに畑で採れた野菜中心の食事を提供する農家カフェ『caféしらはま』をオープンしました。桜島大根の食べ方や料理の方法を紹介しています」(智美さん)

温かみのある看板が迎えてくれる

現在は核家族化が進み、大きな桜島大根の需要は減少傾向。食卓に上がらない幻の品となりつつありますが、この現状を打開して伝統野菜である桜島大根を受け継いでいくため、オーナー制度などの農業体験の提供を通して魅力を広めています。

「伝統野菜である桜島大根を守り続けることで桜島の文化を後世まで残すことも使命と感じ、24年前から毎年欠かすことなく鹿児島市内の複数の幼稚園の園児を受入れ、種まきと、収穫の体験の場を提供しています。この間の間引きや、施肥、虫取りなどは全て手作業で私たちが行っています。幼稚園の受け入れがきっかけとなり、桜島大根のオーナー制度も開始。畑に自分の植えた大根を見に来た人は、我が子の成長を喜ぶかのようにうれしそうにしています」(智美さん)

ファームランド櫻島ではこうしたオーナー制度をはじめ、農業体験を通じた桜島の魅力発信に取り組んでいます。鹿児島大学農学部学生を受け入れた際、当初1~2カ月に1回の頻度で受入れを予定していましたが、学生の口コミで徐々に他の学部や他の大学へと学生の輪が広がり、学生コミュニティ「アスノタネ。」が発足しました。設立当初は30名だったメンバーはその後60名のコミュニティへと拡大し、イベントなどの運営にも積極的に関わってくれるそうです。学生が得意とするSNSを活用したプロモーション効果で当初予定を大きく上回る集客を果たしたイベントもあったそう。

始めた当初は苦労の連続でしたが、現在ではファームランド櫻島の作る野菜や、作り手である室屋さんご家族に会いたいと桜島に足を運ぶ人も増えてきました。

「目指すは桜島がオーガニックアイランドになること。無農薬栽培であれば作る人も、訪れる人も、より安全でお互いに優しく在れると思います。口が幸せになる畑、体が幸せになる畑、心が畑になる畑をモットーにこれからも農業、カフェ、体験と楽しく取り組んでいきたいです」

自然の恵みに感謝しながら、環境に負荷の少ない農業に取り組みつつ、さまざまな人達との交流を通して畑や桜島ににぎわいをもたらす室屋さんご家族。穏やかな話ぶりの中に、桜島の未来をより良いものにしたいという強い意志を感じました。今後の展開が楽しみです。