2024年12月27日に発売された『将棋世界2025年2月号』では、藤井竜王が4連覇を達成した第37期竜王戦の第5局を今期好調の岡部怜央四段とともに考察した特集「藤井竜王と勇気さんがいる地平」が掲載されています。本稿では、この特集冒頭に掲載された、岡部四段にとって藤井竜王と佐々木八段とはどういう存在なのか、という部分より抜粋してお送りいたします。

※2024年12月27日に発売された『将棋世界2025年2月号』(発行=日本将棋連盟、販売=マイナビ出版)より、一部を抜粋してお送りします。

  • 『将棋世界2025年2月号』より【撮影】中野伴水

    【撮影】中野伴水

天衣無縫の自由人

―岡部さんの四段昇段は2022年の4月ですが、佐々木八段は10年10月、藤井竜王が16年10月と、3人のデビューは約6年ずつ間隔が空いています。奨励会時代、そしてプロになって3年近く、岡部さんはこの2人にどんなイメージを抱き続けてきたのか、教えてください。佐々木八段との出会いからお願いします。

「私が山形の鶴岡市から上京したのは7年前、18歳のときなんですが当時、千駄ヶ谷で参加していた研究会に勇気さんがふらっと現れたのが最初でした。五段・C1のときだったと思いますが。勇気さんは将棋を指しにきたとかじゃなく、会の終わり頃にトランプをやるのが主目的だったかと記憶しています(笑)」。

―メンバーではないのに不意に登場し、声をかけられたんですね。以前、伊藤匠叡王に取材したときも、佐々木八段にかわいがってもらうようになったきっかけはそんな感じだったと聞きました(笑)。

「ハイ。それで電話番号を交換する流れになったんですが、数日後にいきなり新宿将棋センターに呼び出され、駆けつけるとそこにはやはり巻き込まれた感のある伊藤さんがいました(笑)。それからは勇気さんの気が向いたとき、伊藤さんと私にセットで招集がかかるようになりました。閉店時間なのにギリギリまで居座り、道場の方に嫌な顔をされなが ら、勇気さんには早指しでたっぷり鍛えてもらいました。当時はまだAI中心の世の中ではなかったんですが、私の周りでは三段時代の伊藤さんがその走りで先駆的な役割を果たし、最先端の研究が深かったです。勇気さんはいち早くそこに注目し、伊藤さんの研究手を公式戦で使って快勝することもありました(笑)。 この頃から勇気さんはAIに興味というか重大な関心を抱き、徐々に序盤が洗練されて、順位戦の順調な昇級にもつながっていったように思います」。

―棋士は佐々木八段ひとりだけでも、夕食はシビアに割り勘だったんですか?

「いえいえ(笑)、たくさん負かされたあとは行きつけの店で、よく鍋をご馳走になりました。勇気さんはいまもそうですが、とにかく電話魔なんです。毎日のようにお呼びがかかった時期もありました。三段リーグが佳境の頃ですね。いつも不思議だったんですけど、なぜか勇気さんに私の日程がしっかり把握されているんですよ(笑)。結構いろんな研究会に所属していて忙しかったんですけど、自分の休養日を勇気さんはピンポイントで知っていて(笑)。ある年なんかは、バレンタインデーの日に「今日、暇でしょ?」みたいな電話が突然かかってきて「これからスノボいかない?」ですから(笑)。確か軽井沢だったと思うんですけど、その誘いに二つ返事で乗っちゃう自分もどうかしているわけですが……」。

―佐々木八段はマイペースなんですね。

「ハイ。楽天的で、それに頭の回転がすごく早いですね。そんな考えがよく思いつくなと感心するくらい、特に自分の損得勘定に敏感です(笑)。勇気さんの盤上の鋭さにも通じるものがあるかもしれません。もともとは中終盤で勝負するタイプで逆転が多い棋風でしたから、嗅覚に優れていますよね。いまは序盤に比重を置く将棋にシフトしていますが、今期の竜王戦トーナメントでは終盤でひっくり返す底力が目を引きました。洗練された序盤と隙のない中盤、それに本来の終盤の切れ味が三位一体となって、現在の勇気さんの充実があるのだと思います」。

―岡部さんも序盤に定評がありますが。

「知識量は結構あるかとは思うんですけど、いままではそれを自分の対局に生かすのがヘタだった気もしています。実戦に現れそうもない局面を、いくら詳しく研究しても無意味ですものね。学校の試験で、出題範囲以外の勉強が高得点に結びつかないのと一緒です。先ほども話しましたが、対局相手に照準を合わせないと要領が悪すぎますから。でも伊藤さんや藤井竜王は違うんですよね。自分なんかだと中途半端で幸薄いような結果に終わりそうな研究でも、2人の勉強量はお釣りがくるくらい圧倒的なので、何をやっても無駄がないんです。常に入試レベルの勉強をしていて蓄えが豊富で幅広い。定期テストなんか眼中にない感じでいつでも盤石なんですよ。そこへいくと勇気さんは私と同様に、効率重視の戦略家としての側面が強いように思います」。

―佐々木八段との関係は、岡部さんがプロになってからも変わりないですか?

「基本的にはいまもかわいがっていただいていますが、勇気さんが私に対して先輩後輩ではなく同期の間柄のような接し方になってきているのを感じます。対等な存在として認めてくださっているようでうれしい半面、あまりに理不尽で納得がいかない場合もあります(笑)」。

完全無欠の天下人

―岡部さんは佐々木八段に多大な影響を受けて今日に至っているわけですけれど、では藤井竜王はいかがでしょうか。

「奨励会は東西で分かれていましたし、三段リーグも被っていないんですが、藤井竜王は詰将棋の解答選手権で12歳のとき優勝するなど、その天才ぶりはつとに有名でした。藤井さんが三段リーグ1期抜けを遂げた同じ期に、二段だった私も昇段が間に合えば参加できる状況だったんですが「これを勝てば」という一番を何度か逃したのはとても残念でした。私のリーグ参加はそれから半年後になったわけですが、四段昇段にはそれから11期、5年半を要しました。二段と三段のニアミスを最後に、藤井竜王にはすごい勢いで差をつけられてしまいました」。

―藤井竜王はどういう存在でしたか。

「藤井竜王とは直接的な接点がないままに、自分はずっとメディアを通じてその偉大な足跡に接するだけでした。私がまだ10代の頃は年下の活躍を見るのは嫌だなという気持ちが少しはあったんですけど、藤井竜王は見る見るうちに遠いところにいってしまい、そういう感情はあっという間に消滅しました。最初はこちらが三段リーグを戦っているときに藤井竜王は連戦連勝で軽い痛みも感じましたが、リーグ戦でもまれすぎて疲弊し腐ってくると「もう、いい」と(笑)。いつの間にか視界にも入らなくなりました」。

―岡部さんが四段になり、再び同じ舞台で競い合う対象として意識できるようになってからはどうでしょう。藤井竜王と指したことはまだないんでしたっけ?

「公式戦ではまだなんですけど今年、ABEMAトーナメントのチーム戦で、ついに一戦交える機会に恵まれました」。

―仲間の応援を背に燃えたでしょう!

「ええ、派手な演出の中で高揚感に包まれて、全身全霊をかけて挑みました。ところがこれ以上ないほどの気合を入れたにもかかわらず、あえなくボコボコにされ、全駒にされてしまったんです。いくら相手が最強でも、この惨敗はさすがに悔しくて、結構へこみましたね。このままではいけないなと心底思いました」。

―岡部さんはそれで発奮し、日々努力する姿勢につながったという筋書ですか。

「ハイ。屈辱がバネになりました」。

―はるか遠い存在だった藤井竜王と、初めて棋士人生が交錯したわけですが、改めて思ったことは何かありますか?

「藤井竜王もご自身の成長のプロセスでは、好んで指す戦型の移り変わりがあって、そのつどテーマを設定してきたのを感じます。自らのステージをさらに引き揚げるために、現状に満足せず意識的に変革を心がけてきた志が見事です。最初は角換わりが主力でしたが、初タイトルを獲得した頃は矢倉も指すようになり、それから相掛かりに移行して、また角換わりに戻ってきた感じでしょうか。特に角換わりでは藤井竜王しか知らない定跡がありすぎ「角換わりは先手よし」みたいな藤井竜王だけがたどり着いて広まっていた風潮に、周囲が本当の意味で追いついてきたのはつい最近のことだと思うんです。藤井さんのまねをして指しても、単なる下位互換に終わるパターンも濃厚で難しいところなんですが(笑)」。

(第37期竜王戦七番勝負 藤井聡太竜王vs佐々木勇気八段 第5局 藤井竜王と勇気さんがいる地平~竜王戦第5局を考察する~/【語り手】岡部怜央四段 【聞き手・構成】今井和樹)

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