さまざまな場面で読書の重要性が語られる一方、仕事が忙しかったり、インターネットに時間を取られたりして、読書から離れてしまっている人も多い。
実は、デジタルメディア全盛の現代においても「読書はレバレッジのきく効率的な時間の過ごし方」だという。ビジネス書を中心とした本の要約サービス「flier」を運営する、フライヤー 代表取締役CEO 大賀康史氏に、本を味方につける読書との向き合い方を聞いた。
■時代の変化でビジネス書も身近でキャッチ―に
――昨今のビジネス書と読者の傾向についてお聞かせください。
かつてのビジネス書は、経営者をはじめとする熟練のビジネスパーソンを対象とした経営書が多かったのですが、ここ10年は扱うテーマや読者層が広がってきている印象です。疲れたときに読む本や子育ての悩みに対処する本、人間関係・コミュニケーションをテーマにした本など、ごく普通の働く人々が日々直面する身近な悩みを解消してくれる本が増えていますね。
――2024年はどんな本が注目されたのでしょうか?
2024年にflierで最も読まれたビジネス書ランキングのTOP10は次の通りです。
1位:『【新NISA完全攻略】月5万円から始める「リアルすぎる」1億円の作り方』(山口貴大(ライオン兄さん)/KADOKAWA)
2位:『「説明が上手い人」がやっていることを1冊にまとめてみた』(ハック大学 ぺそ/アスコム)
3位:『無くせる会社のムダ作業100個まとめてみた』(元山文菜/クロスメディア・パブリッシング)
4位:『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆/集英社)
5位:『頭のいい人が話す前に考えていること』(安達裕哉/ダイヤモンド社)
6位:『デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果を出せるのか』(針貝有佳/PHP研究所)
7位:『新版 科学がつきとめた「運のいい人」』(中野信子/サンマーク出版)
8位:『きみのお金は誰のため』(田内学/東洋経済新報社)
9位:『ユニクロ』(杉本貴司/日本経済新聞出版)
10位:『本当の自由を手に入れる お金の大学』(両@リベ大学長/朝日新聞出版)
ビジネスパーソンの身近な悩みを解決してくれる本が目立つことに加えて、タイトルを見ただけで、読むとどんなことが学べるのか、どんな悩みや課題を解決できるのかがわかる本が多いです。
お金に関する本が3冊もランクインしているのも特徴的です。特にここ3年ほど、金融に詳しいわけではない一般層をターゲットにした資産運用に関する情報が増えていることもあり、「月5万円から始める」など「自分でもできそうだ」と思わせてくれる本に人気が集まっています。
――このランキングからも、お堅い本というよりはキャッチ―な本が多いことがわかりますね。ビジネス書の範囲が広がってきた背景に何があるとお考えですか?
かつては組織が主体で、働く人はその枠組みの中でいかに価値を発揮するか、いかに組織に貢献するかが問われていました。ところが、ここ10~20年で主人公が「会社・組織」から「個人」に移ってきています。終身雇用の時代が終わりつつあり、転職市場が活性化する中、会社の教育のあり方も、社員全員が同じ研修を受けて会社の歯車になるというよりは、一人ひとりのキャリアや学習の自律性を重んじる方向にシフトしています。
その結果、「経営」や「組織」などの会社の構造をテーマにした本よりも、ビジネスパーソン一人ひとりの悩みに対処する本や成長を助けてくれる本がますます必要とされるようになっているのではないでしょうか。
■レバレッジのきく読書は時間効率が良い
――身近なトピックを扱うビジネス書が増えている一方で、動画などの新しいメディアの台頭に押されて、読書離れが進んでいる現状もあります。デジタル化の時代にあえて本を読む意義を教えてください。
もちろん動画やソーシャルメディアからの様々な情報のキャッチアップも、現代ならではの選択肢だと思います。ただ別の観点からみると、たとえば動画は時間の使い方を含め、どうしても見る側が受動的になりがちだと感じます。楽にみられるメリットに身を任せてしまうと、つい製作者の描いた時間や主張に見る側が流されてしまいます。
一方、本は読みながら考え事をしたり、興味深いところはゆっくり読んだり、今の自分にとって距離があるところは読み飛ばしたりと、自分のペースで時間を過ごすことができます。
「本に書かれていることが自分にとってどのような意味をもつのか?」「今の自分の働き方にどう生かせるか?」と、考え事をしたり立ち止まったりできるのが本というメディアの特徴です。人は、主体的に考えながら触れた情報は頭に入りやすいという特性を持っています。読書をする際は自分の頭で情報を構成し直すので、インプットでありながら、アウトプットに近い作用があるのです。
加えて、多くの物事が駆け足で進んでいく世の中で、本に触れる時間それ自体に癒し効果があります。日々の悩みから一度離れ、本の世界に没頭しながら主体的に過ごすひとときは、自分の考えを整理したりブラッシュアップしたりするのに有効な時間です。瞑想にも近いかもしれません。
しかも、本ほど世に出る前に時間をかけて、多くの人の目を通して完成する媒体はほとんどありません。そのため、本には質が高く、信頼性できる情報が詰まっていますし、本は体系的に物事を扱うので、自分のシチュエーションに合わせた応用がしやすいというメリットもあります。
本をたくさん読んでいるビジネスパーソンは日々の悩みを解消しやすく、活躍しやすい傾向があります。実際に、お話していると優れた経営者のほとんどは読書家ですね。
――大賀さんにとって読書とは何でしょうか?
自分の生きる目的が「知的好奇心を満たすこと」なので、読書は生きがいそのものです。世界の成り立ちに興味があり「自分とは何か」「人とは何か」を追求する中で、自然とたくさんの本を読むようになりました。
自分自身の経験も貴重ですが、それだけでは限界があります。一人ひとりに与えられた人生の時間は、せいぜい24時間×365日×100年ですよね。ところが、一冊の本には先人たちが一生かけて積み上げてきた理論や知見が詰まっています。半日で人生をかけた研究の成果や体験のハイライトが読めてしまうという点で、読書はレバレッジのきく、非常に効率的な時間の過ごし方なのです。
■まずは「一日5分」の読書を3週間続ける
――読書が大事だと知りつつも、忙しくてなかなか本が読めない方、ついSNSや動画で時間を過ごしてしまう方も多いと思います。そんな人が無理なく読書習慣を始める方法を教えてください。
最初から理想を追い求めないことが大切です。まずは書店に足を運ぶ、あるいは周りの人におすすめの本を聞いてみるなど、本への接点を増やすこと、本に対する興味を広げることから始めてみてはいかがでしょうか。
そうやってモチベーションを高めたら、次は読書を習慣化することが大切です。一日5分でも10分でも構いません。起きてすぐ、寝る前、昼食後などブロックしやすい時間を「読書の時間」と決めてしまうといいと思います。慣れないと最初は少し大変かもしれませんが、人は3週間継続すれば習慣として定着するので、それ以降は当たり前に読書ができるようになるはずです。
――flierは忙しいビジネスパーソンがより多くの本に触れる手助けをしていますよね。今後のビジョンをお聞かせください。
これまでに累計121万人の方にご利用いただいています。今後はさらに会員数を増やして、より多くの方に素晴らしい本との出会いを届けていきたいと考えています。ここ5年は、個人会員だけでなく法人会員も増えていますので、企業の人材育成や社員の方の自己啓発にも貢献できるよう取り組んでいきたいです。
そうした中で、一人ひとりのビジネスパーソンの興味関心に沿った本が前面に出るサービスにブラッシュアップしていこうと考えています。まだ開発段階ですが、最先端のAIを活用して、要約の内容を読み込んだ上でその人が興味を持ちそうな本をレコメンドする機能の追加を予定しています。ユーザーに対してブックコンシェルジュがつくようなイメージですね。今後も、ビジネスパーソンの本に対する興味関心を広げるサービスの形を追求していきます。
■読書家は主体的に人生を切り拓ける
――最後に、20~30代の若い読者に向けたメッセージをお願いします。
最近は変わりつつあるとはいえ、10代まではある程度決められたレールの上を歩んできたのに、20代になると急にさまざまな意思決定が自分に委ねられるようになります。就職するときは無数にある企業の中から一社を選ばなければなりませんし、就職したら、日々の仕事の中で主体的に考えて行動することを求められますよね。社会に出ると、自分が主体となって乗り越えなければならない局面が無数にあります。
人生を自分主体に切り替えていくためには、そのための学びも主体的であるべきです。そこで、人生のパートナーとして本を横に置き、めくりながら日々の悩みや目標に向き合ってほしいと思います。自ら本を選んで読むというのはきわめて主体的な行為です。主体的に読書ができる人は、きっと人生も主体的に切り拓いていけるはずです。
(撮影/曳野若菜)