宇多丸×ピーター・バラカン「オススメしたい音楽映画」は? お気に入りの作品を語り合う
ピーター・バラカン、柴田幸子がパーソナリティをつとめるTOKYO FMのラジオ番組「Tokyo Midtown presents The Lifestyle MUSEUM」(毎週金曜18:30~19:00)。毎回さまざまなゲストを迎えて、生き方や価値観を探っていくゲストトーク番組です。

1月3日(金)の放送では、ゲストにヒップホップ・グループ「RHYMESTER (ライムスター)」のラッパー・宇多丸さんが登場。お気に入りの音楽映画について語りました。


(左から時計回りに)柴田幸子、ピーター・バラカン、宇多丸さん



<宇多丸さんプロフィール>
1969年生まれ、東京都出身の宇多丸さん。「RHYMESTER」としての活動のほか、ラジオパーソナリティとして映画、音楽などさまざまなカルチャーシーンを独自の視点で紹介しています。

◆正月休みにおすすめしたい映画

柴田:今回は、映画が大好きな宇多丸さんに「おすすめしたい映画」を紹介していただきます。宇多丸さんとバラカンさんの共通のテーマ「音楽」を扱った“音楽映画”のおすすめを伺っていきます。まずはバラカンさん、お願いします。

バラカン:ロックンロールの創始者の1人、リトル・リチャードのドキュメンタリー映画「リトル・リチャード:アイ・アム・エヴリシング」(2024年3月公開)のBlu-ray&DVD が1月15日(水)に発売されます。こちらのコメンタリーとして、萩原健太さんと一緒に解説をおこないました。

「リトル・リチャード」は本当に面白い映画です。リトル・リチャードは、自身を“ロックの設計士”と言っているのですが、映画を観たら「そうなんだろうなあ」と思えてくるんですよね。チャック・ベリーやボ・ディドリーも出ています。先にデビューしていたファッツ・ドミノもいたのですが、ロックンロールという意味で言えば、リトル・リチャードはすごい人でした。おそらく、初めて観る人でも納得できると思います。

この映画の面白いところなんですけど、彼がクィアだったところにフォーカスを当てているんです。宇多丸さんはご覧になっています?

宇多丸:評判はすごく聞いているのですが、まだ観れていません。

バラカン:ぜひご覧になってください。リトル・リチャードは1930年代生まれで、アメリカ南部のジョージア州のメーコンという、そんなに大きくない都市で育っているんです。そこで自分がゲイであることを隠さずに生きていた人です。アメリカ南部、特にあの時代はものすごく保守的だから、お父さんに一度勘当されたこともあったそうです。映画では彼のそういった部分をかなり多く出しています。
そして、音楽がとにかくすごいんだけど、彼はロックンロールを全力でやっている時期がわりと短くて、突然辞めてゴスペルの世界に入るんです。恰好をまったく変えて髪を短くして、スーツを着て聖書を持ち、キリスト教の話をする、というのを何年か続けます。だけど、そこからまた返り咲きます。

宇多丸:へええ!

バラカン:返り咲いたときは60年代初頭で、ちょうどビートルズがデビューするタイミング。まだ誰もビートルズを知らない時期、彼がリバプールでコンサートをやったときに、ビートルズのマネージャーから「僕が面倒を見ている若い奴らと一緒に写真を撮ってもらえないですか?」と言われて。そのときの写真があったりとかね。

宇多丸:すごい! めちゃくちゃ先取りしていますね。リトル・リチャードの場合、化粧してリーゼントしてみたいな、スタイルもありますもんね。ロックンロールを作っただけじゃなくて、ちゃんとペルソナとして存在しようとしていたというか。

バラカン:たしかにそうですね。彼が誰から影響を受けてそうなったか、というのも全部語られます。

宇多丸:人からすごく薦められているので、観なきゃ(笑)!


(左から時計回りに)宇多丸さん、柴田幸子、ピーター・バラカン



◆“豊かな人生”を考えさせられる1本の映画

柴田:では、宇多丸さんのおすすめの音楽映画をお願いします。

宇多丸:僕がおすすめする映画は「シュガーマン 奇跡に愛された男」です。2012年の作品で、日本では2013年に公開されました。その年のアカデミー賞では長編ドキュメンタリー賞を受賞して、当時話題になりました。今、うしろで流れているのが(“シュガーマン”ことシクスト・)ロドリゲスさんという、1970年代初頭にデビューしたシンガーソングライターの曲です。あえて言うのであれば、ボブ・ディランのもうちょっとストリート寄りかもしれない。

ロドリゲスさんは2枚のアルバムを出したのですが、あまり売れなくて。そういう人は世の中にいっぱいいるかもしれないけど、「絶望してステージ上で自殺した」みたいな都市伝説が残っているところから話が始まるんです。前半は不遇に終わったミュージシャンが語られます。

そこから場面がガラッと変わって南アフリカに行くんですよ。南アフリカでは昔アパルトヘイトという人種隔離政策をやっていて、若者たちのアパルトヘイト反対運動の象徴としてロドリゲスさんの歌が国中で聴かれていたんですね。つまり、世界で誰も知らないと思われていたロドリゲスさんは、南アフリカでは国民的スターだったんですよ。

バラカン:でも、その情報は南アフリカ以外では知られていなかったんですよね。

宇多丸:そうです。不思議なことになっているんだなと思って映画を観ていたら、途中で存命のロドリゲスさんの家を訪ねていくんです。

バラカン:音楽は完全にやめているんですよね。

宇多丸:決してお金持ちって感じではないんだけど、とても知的で素敵なご家庭を築かれていて。南アフリカに呼ばれてライブをするのは1993年なんですけど、現地の人は「ロドリゲスって実在したんだ!」みたいな感じで。ロドリゲスさんは何十年も音楽をやっていなかったのに、いきなりスタジアム級のライブをやることになるんですよ。見た目的には「大丈夫?」って感じのおじさんなんだけど、歌い出すと「本物だ!」となるわけです。この人のすごいところは、ようやく世界で認められたはずなのに、音楽の活動ではなく肉体労働に戻っていくんですよね。

バラカン:アメリカのデトロイトですよね。けっこう貧しいアパートに住んでいてね。

宇多丸:この映画はアカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞して脚光を浴びるのですが、それでも「仕事があるのでアカデミー賞には行けません」みたいな感じで。もちろん、彼は音楽を断念するときに深く絶望したと思うんです。本当に断念したからこそ、音楽をやめてこの何十年で築き上げてきた人生をたぶん否定したくないというか。

だから、「あなたは南アフリカで再び脚光を浴びなくても十分偉大な人生ですよ」と言いたくなるんですよね。何が豊かな人生で何が人を偉大な存在にするのかみたいなことを考えたとき、僕はことあるごとに(この映画を)思い出しちゃうんですよ。またね、ロドリゲスさんの曲もすごくいいんです。

バラカン:そうそう! なんで当時まったく売れなかったのか不思議なくらいです。

宇多丸:この映画はツアー中、ちょっと離れた映画館で観たんですけど、帰りにこの映画のサントラを聴いて、それも込みで忘れがたいというか。ときおりロドリゲスさんのことを思い出す、そんな映画なんですよね。まさにドキュメンタリーの醍醐味といった作品なので、ぜひおすすめしたいです。

◆賛否わかれたボブ・マーリー映画の感想は?

柴田:続いて、2024年に気になってご覧になった音楽映画をおふたりから教えていただきたいです。

宇多丸:今回、2つともドキュメンタリー映画でしたけども、最近は伝記系が多いですよね。2024年だとボブ・マーリーがありましたね。

バラカン:「ボブ・マーリー:ONE LOVE」(2024年5月公開)ね。

宇多丸:すごく変わった切り取り方をした伝記映画でした。ボブ・マーリーの音楽は知っていましたけども、調べてみたら事実は小説より奇なりというか、映画がどこを取り入れているのかがわかって面白かったですね。

バラカン:僕はボブ・マーリーが大手のレコード会社からデビューしたときから亡くなるまでずっとリアルタイムで聴いていたので、よく知っています。あの映画が面白いのは、1年ちょっとしか取り上げていないところなんですよね。海外の評判は悪かったんですけど、それは家族が制作に関わっていて、ボブ・マーリーがあまり悪く描かれないようにしたんじゃないかと思われていたみたいです。ただ、僕はそれほどでもなかったんじゃないかなと思いました。

宇多丸:女性問題とかね、当然そこが大問題の人なんだけど、それもちゃんと描いていましたしね。僕は奥さん側の言い分とかも含めて調べましたけど、ボブ・マーリー側が悪者と捉えてもおかしくない人もフェアに描いていたんですよね。身内が作ったにしてはけっこうフラットなんじゃないかなと思いました。

柴田:ボブ・マーリーのことをあまり知らない人も楽しめますか?

バラカン:入口にはなると思いますよ。世界的に一番評価の高い『エクソダス』(1977年)というアルバムを作ったあたりが詳しく語られているので「この曲知ってる」というのは多いと思います。

1月10日(金)の放送も、引き続き宇多丸さんにオススメの音楽映画を伺います。お楽しみに!

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<番組概要>
番組名:Tokyo Midtown presents The Lifestyle MUSEUM
放送日時:毎週金曜 18:30~19:00
パーソナリティ:ピーター・バラカン、柴田幸子
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/podcasts/museum/