大阪でもバナナが実った!それはバナナの鉢植えから始まった
日本の気候では難しいといわれるバナナ栽培だが、平均気温の上昇に伴って、国内でもバナナ栽培に取り組む農園が少しずつ増えてきている。しかし、そのほとんどがハウス栽培で、温度管理をしながら育てている。
そうした中、小松さんは大阪府堺市の都市近郊でバナナの露地栽培に成功している。バナナ畑の中に入ると、まるでミニジャングルに迷い込んだような気持ちになった。ここは本当に大阪だろうかと疑ってしまうほどだ。
新規就農して10年の小松さんは、2017年に「アイスクリームバナナ」の鉢植えを購入したのを機に、バナナの露地栽培を開始した。
「バナナの苗を購入する以外は、ほとんど栽培にお金を掛けていません。最初はアイスクリームバナナが耐寒性があると知って面白そうだからやってみようと、鉢を買ったんです。すると、翌年には2メートルくらいに成長して花が咲いて実がなったんです。大阪でもバナナができるんだって思って楽しくなって本格的に定植を始めました」(小松さん)
「大阪の気候でもバナナが育つかもしれない、誰もやっていないことにチャレンジするのは楽しいと」ワクワクしながら栽培を始めたが、はじめは簡単にはいかなかったと小松さんは振り返る。
「当初は露地でバナナができるわけがないとバカにされました。何回も枯れてダメにしたこともあります。それでも植物の特性を知れば知るほど楽しくなってきました」
バナナの場合、地上部が枯れても地下部が生きていれば、毎年春には芽が出てくる。
「バナナは、地下の根茎から山ほど芽が出てきますから一回購入したら買う必要がないんです。ハウスも要らないし、水も肥料も要らないのでバナナは手間が掛かりません」
最初に植えた「アイスクリームバナナ」はその後に植えたバナナよりも大阪の土地になじんでいると小松さんは言う。
「温度が低いとバナナは枯れてしまうという先入観があるでしょ。僕は7年掛けて耐寒性をもたらして、大阪の気候に適応していくように育てました。毎年、葉が枯れてその下から芽が出てきます。その芽が生長して実を結び、また翌年には次の芽が出てきます。こうしてどんどん世代交代していきながら、だんだん”ここが地元だ”と馴染んでいくわけです。暑い地域の人が寒い土地で暮らすのは容易ではないと思いますが、慣れれば暮らせるようになるのと同じような感じかもしれません」
大阪の場合、芽が吹き出すのが4月で、生長が止まるのが12月ごろ。春には枯れた葉を落とし、剪定して高さをそろえる。高く成長しすぎると収穫しにくいからだ。そのお陰で梯子を使用せずに収穫ができる。収穫時期は結実によるが、6月ごろから12月ごろまでと長い。結実すれば幹は終わりになり、元から切り倒す。水も肥料も要らないそうだ。畑の土壌は人間の腸内環境と同じだと捉え、菌の餌となる良質な有機物で土作りを行っている。
バナナは花が咲いてから実がなるまで3か月ほどかかるため、春から初夏にかけて花を咲かせないとうまく結実しないそうだ。
「バナナは株分けする人が居ますが、僕は株分けはしていません。生え放題です。その方が強い風や冬の寒さから身を守るので枯れにくいんです。試行錯誤の結果、越冬の秘訣は密に植えることと深く植えることです」(小松さん)
バナナはかなり密に植えられていた。そうすることで強風や寒さを防いでいるのだそうだ。
「バナナの葉がボロボロになっているところがあるのは、風が強かったせいなんです。葉がボロボロになってもちゃんと光合成していますし、枯れるわけではありません。ときどき散髪して整えてやります。人間も髪の毛が乱れたら嫌でしょ」。そう言って小松さんは満面の笑顔を見せてくれた。
大阪も数年前に大型台風が直撃し、かなりの被害が出た。台風はいつ来るか分からない。そのための対策としてバナナを囲むようにサトウキビを植えている。日当たりを悪くしないためにサトウキビはバナナより低めの高さにしている。
このサトウキビは風防だけでなくマルシェでも販売している。
「最近はサトウキビを和三盆に変えています。マルシェでサトウキビを搾って飲んでもらうんです。そこに炭酸を入れたら甘いソーダ―水になるんで、外国の人や子供達が大喜びしてくれます。誰もやっていないでしょ。人がやっていないことをやるのが面白いんです」(小松さん)
「アイスクリームバナナ」から始まり、「アップルバナナ」など今では50 種類のバナナを植えている。それぞれの特性を生かして調理し、どれもマルシェで販売している。
「日本ではバナナは生でしか食べない。バナナは生で食べると刷り込まれているんです。バナナの調理方法を知っているのでその料理で出せばお客さんは食べやすい。だから、いろんな種類を作っても無駄にはなりません」
農作物は原料!加工販売がメインの”野菜を売らない農家”
小松さんは、少量多品目栽培で加工、流通、販売まで一貫して手掛けている約50店舗の産直市場に冷凍庫を置き、さまざまな冷凍食品を販売している。冷凍で販売しているのはバナナやブラックベリーなどの珍しい果物や手作りソーセージなど他ではなかなか手に入らないものである。週末は全国各地のマルシェやファーマーズマーケットなどに出店し、キッチンカーで移動販売を行っている。
キッチンカーではバナナのスムージーやチミチャンガ(肉や野菜、メキシカンライス、チーズなどの具材をフラワートルティーヤで巻いて油で揚げ、サルサソースやワカモレソースなどをかけたメキシコ料理)等を提供している。夏にはフルーツをそのまま凍させたかき氷が登場する。
小松さんの1週間のスケジュールは大体決まっているそうで、週に3日間は農作業、2日間は加工作業、土日は全国のマルシェやイベントでの販売である。1週間丸々休みが無いが、冬場の2カ月間は畑を休ませることも兼ねて休む。その間は畑にも行かないそうだ。
「休みの間は旅行に行ったりもします。自然に任せて栽培しているので冬の間は放ったらかしでも大丈夫なんです」と小松さんはいう。小松さん本人も何種類あるのか数えたことがないというほどのニッチな作物を栽培している畑は、見ているだけでも楽しくなる。普段、畑では見たことがないものがほとんどだ。
「3 月から12 月までは、ずっと途切れずに何か収穫できるものがあります。僕が調理をイメージできるものだけを植えています」
農家になる前はレストランのオーナーシェフとして、さまざまな料理をしていた小松さんは、どんな料理に合うのか、どうすればお客さんもおいしいと思ってもらえるワクワクするものになるのかを考えながら植える作物を決めている。普通に手に入る作物はほとんどなく、珍しいものばかりだ。誰もあまりやっていないものを育てるのが楽しいのだという。
農業を始めたきっかけは、オーナーシェフをしていたときに欲しい食材が手に入らないことが多く、仕入れに苦労し、それなら自分で作りたいものを作ろうと思ったからだ。47歳のときにレストランを閉め、ハローワークで紹介された農業訓練校(現在はなくなっている)で研修を始めた。農業経験が無かったので、研修の時からどういう作物がどうすればうまく育つのかを試すためにさまざまな野菜を栽培したそうだ。
「最初はトマトとかニンジンを作ってマルシェで販売をしましたね」
しかし、小松さんは就農したときから野菜そのものを販売する農家になる気は無かった。就農当時から農作物は原料として捉えており、加工販売をメインにすると決めていた。
冷凍したり加工して販売しているため、1反当たりの売上は普通に野菜を栽培して売る場合に比べ、数段良いという。
名前も知らないニッチな果物でも調理の工夫とアイデアで魅力的なものに変化する
ニッチな果物でも料理への生かし方で魅力的なものに変わる。例えば、ハイビスカスの一種であるローゼルだ。
「この赤い色が料理に良いんですよ。赤い実はガクなんです。堅くてしっかりしているので、塩漬けにすればカリカリ梅みたいになるんで、これをおむすびにして販売しています。これ何?って聞かれたらハイビスカスの仲間ですよって説明します。すると、おしゃれってなるんです。食べたら酸っぱくてカリカリ梅みたいだというと、一回買ってみるって。お米は有機米を使っています」(小松さん)
ハイビスカスのおにぎりと聞いただけで、楽しくなる。カリカリ梅みたいだと言われれば、味も創造できるので、食べてみたくなる。試食をさせてもらったが、カリカリ梅のような食感で、梅よりは酸味が少な目で爽やかな感じだ。砂糖漬けにすればデザートにもなる。
「このフェイジョアの花は甘くてとてもおいしいんです。花を食べたら実がならないので花を食べるのを我慢しています。実は冷凍してかき氷のトッピングに使います」(小松さん)
フェイジョアの花の話を聞いてから、その実がトッピングされたかき氷と聞けば、食べてみたくなるはずだ。
バナナは生食では販売せず、冷凍して販売したり、バナナを生かしたエスニック料理にして販売している。バナナの葉も手に入りにくいので、エスニック料理のシェフに人気である。
「葉っぱビジネスですよ。バナナの葉も柿の葉も乾燥させて販売しています。バナナの葉は輸入品しか流通していないので、国産バナナの葉は貴重なんで人気です」畑にはイチゴもあった。イチゴは一年ごとに植え替えをするのが普通だが、ここのイチゴは植えっぱなしだという。それでも毎年実がなる。
「農業ってしんどい忙しいというイメージがありますが、生鮮野菜を売る場合は面積がないと収益をあげられないでしょ。狭い農地でも加工して販売しているのでニコニコしながらできますし、省力化した方法でやっているんです。種取りをしないで、種を落として栽培するとそこから芽が出た作物は自然の摂理にあっているから連作障害が一切無いんです」
自分が食べたいもの、自分が売りやすいと思うものを栽培している小松さん。競争が激しいキュウリやトマトなどはあえて栽培しない。一般的な野菜は畑にはない。
オリーブが植えられていると思えば、インドで取れるカレーリーフがある。ロシアで栽培されているアロニア、沖縄の月桃と小さな畑には世界中の植物が植えられている。栽培方法は自然の力を利用した栽培ではあるが、小松さんはあえてそれを強調していない。大切にしていることは食べておいしいことである。
小松さんに今後の目標を聞くと「高知との二拠点生活も考え中です」という答えが返ってきた。まだまだやりたいことがいっぱいあるようだ。既存に捉われない、シェフの経験を生かした取組みは育てた作物を一切無駄にせず、食べておいしいに変えている。