地域農業の担い手としての責任と、それを果たすための経営戦略
木村さんが経営している有限会社アシスト二十一は、新潟県新発田市で水稲を中心に生産している。筆者が3年前に同社を訪ねた際は、常勤職員3名と非常勤職員5名の8名で60haの圃場を管理していた。それが今では、常勤職員が4名に増えており、この他に非常勤3名とアルバイトを3名雇用。圃場面積も74haへと増えている。
面積が増えているのは、「地域からの要請」であると木村さんは話した。近隣では離農者が増え続けており、法人化しているところに農地が集まる傾向があるという。
「断ってしまえば、耕作放棄地になってしまう。それは絶対に避けたい。規模拡大に対応すべく、新たに常勤職員を1人採用したのです。過剰投資であっても、可能な限り人に投資しようと決めています。当地の営農者をみれば、将来的に必ず田んぼが集まってきますから、今から備えておく必要があるのです」(木村さん)
同社は人への投資だけでなく、さまざまな先進技術の導入にも積極的だ。乾田直播、ドローン直播、自動操舵システムの活用、ドローンによる農薬散布などに取り組んでいる。そんな木村さんが「規模拡大と安定経営の重要な鍵」と語るのが「品種」である。
高温が続く今、安定経営を考慮して「にじのきらめき」を選ぶ
新潟県産米といえば「コシヒカリ」だが、猛暑の影響をモロに受けた2023年産「コシヒカリ」は、一等米比率が過去最低水準となった。ところが木村さんは「ウチは影響は比較的小さかった」と語った。その理由は「コシヒカリ」の栽培割合にあった。
「2024年産の作付は、74haのうち水稲が60ha。そのうち稲発酵粗飼料(稲WCS)が12haなので主食用米は48haです。他にデントコーン11haと園芸品目等を3haで栽培しています。主食用米48haのうち『こしいぶき』が12ha、『ミルキークイーン』が13ha、『にじのきらめき』が13h。残りが『コシヒカリ』で10haですね。当社は『コシヒカリ』の割合が低いのが特徴です。来年は『コシヒカリ』の割合を更に下げて、その分を『にじのきらめき』にしようと計画しています」(木村さん)
「にじのきらめき」とは、農研機構が開発した、高温耐性と耐倒伏性を有する品種であり、主に業務用米として取り引きされている。茨城県、群馬県、山梨県、静岡県、和歌山県、佐賀県で奨励品種となっている他、近年は新潟県を含む16県で産地品種銘柄に指定されている。
「にじのきらめき」と直播の可能性に気付いた木村さんは独学で学んだ後、2020年に地域の仲間と共に豊浦地区土地利用型農業を考える会を立ち上げた。より専門的な知識を持つ県や研究機関の研究者等を招聘(しょうへい)するためだ。
「今では会が主催する研修会に、近隣から100人を越える人が来てくれるようになりました。皆、『にじのきらめき』や直播などの新しい情報に飢えているのです」
「にじのきらめき」は高温耐性と対倒伏性を持つ上多収だから、安定して高収量を見込むことができる。「単価だけをみると『コシヒカリ』に劣りますが、『にじのきらめき』は効率的に栽培できる上、収穫量が安定しているため収入を読めるというメリットもあるのです」と、木村さんは説明する。
高温耐性が高い品種といえば、新潟県産品種「新之助」が知られているが、木村さんは作付けしていない。「『新之助』は新潟県が開発した品種ですし、高温耐性は高いのですが、等級の審査が厳しい上、栽培管理に関する制限が多いという難点があります。効率的な生産をしにくく安定経営の妨げとなると判断しました」と、木村さんは理由を明かす。いかに生産効率を重視しているかが見て取れる。
木村さんは「にじのきらめき」に対するニーズが上がってきている、とも語った。コロナ禍が終わり、インバウンドも復活傾向にある。高級でなくてもおいしいお米へのニーズは、今後も高まって行くと考えて良いだろう。
作目・品種と栽培方法の多様化で作期分散を実現する
同社が先進的な栽培技術とスマート技術を導入する直接的な目的は大規模化への対応だが、それは作期分散と密接に関わっていると木村さんは力説する。
「昨期分散は、規模を拡大する上で、極めて重要になります。収穫時期を分散させるために、作目と品種を多様化しているとも言えます。当社の収穫作業は8月頭からの稲WCSに始まり、お盆明けからデントコーン、そして9月から米が始まります。米は4品種ありますから、『こしいぶき』、『ミルキークイーン』、『コシヒカリ』の順に進めて行き、最後は短稈で最後までしっかり立ってくれる『にじのきらめき』と、収穫時期をずらして進めることができています。また、移植だけでなく、乾田直播とドローン直播も行っていますが、乾田直播とドローン直播は移植よりも少し生育が遅くなるため、収穫時期も後ろにできる。作期分散も兼ねているのです」と教えてくれた。
直販には手を出さず生産に全力を傾ける。それは農地を守るため
稲WCSとデントコーンは、新発田コントラクターの一員として生産している。新発田コントラクターとは、木村さんをはじめとする新発田市豊浦地区の2名の若手畜産生産者と3名の耕種生産者が協力するものとして、2022年に設立された。
先進技術の導入や、コントラクターの立ち上げといった木村さんの探求心と行動力には、ただただ驚かされる。一方で、そうであれば収穫した米をより高く販売できるBtoCに力を入れれば、より利益は上がるはず。なぜ、そこに手を出さないのだろう。この問いに対する木村さんの回答は明確だった。それを本稿のまとめにしよう。
「売先はJAが3割で、他は商系です。直販に取り組めば高単価で売れる可能性はありますが、うちが目指すのはそこではありません。地域の未来を見据えると、とにかく生産力を上げておきたいのです。販売に人員を割きたくないということです。新しい技術に挑戦したり、取捨選択しながら作目・品種を決めているのは、効率的に栽培して生産力を高めるため。それができれば、利益を上げながら地域の田んぼを守り、持続可能な農業を実現できると信じているのです」