学校に1人1台のコンピュータ環境を導入する「GIGAスクール構想」が始まる5年も前から授業にiPadを導入していた先進的な自治体が三重県いなべ市です。「学校や教育委員会に負担をかけず、市が環境整備を主導する」「活用事例を市内の各校で共有する仕組みを整える」といった市の方針が功を奏し、先生や児童生徒に好ましい効果を上げていました。

そのようないなべ市のICT活用の成功を下支えしていたのが、故障率がきわめて低い、すぐに起動する、長く使ってもレスポンスが遅くならない、授業で使える無料アプリが豊富、といった特徴を持つiPadです。市の担当者は「これまでの実績を考慮し、GIGAスクール第2期は世代の新しい第10世代iPadの導入を迷うことなく決定した。国からの補助金を上回るので市の持ち出しは発生するが、最善の環境で授業に臨むためには欠かせない存在だ」とiPadを評価していました。

  • いなべ市立治田小学校での授業を見学すると、iPadを手にした児童たちが周りの児童と話し合いながら生き生きと課題に臨む様子が見られた

学校や教育委員会に負担をかけない仕組みを市が整えた

三重県のもっとも北に位置するいなべ市は、緑あふれる人口4万人台の比較的小規模な自治体。「教育は未来への投資」「子どもが幸せになれるよう環境を作るのが大人の役目」という方針を掲げ、とりわけICT教育に注力しています。

  • 緑あふれる恵まれた環境のいなべ市立治田小学校。いなべ市は名古屋に近い立地であることから、トヨタ系のメーカーが多く事業所を構えており、製造業が盛んな自治体でもある

  • お話をお伺いした、いなべ市教育委員会 学校教育課の水谷妙さん(左)、教育長の小川専哉さん(中央)、企画部情報課長の伊藤正紀さん(右)

かつて、いなべ市は学校にパソコン教室を設けていたものの、クラスの児童をわざわざ移動させるのが大変、といった理由で年に数回しか使われていなかったそう。そのような状況を知った市の担当者が「手元で使えるタブレットが理想的」と考え、1人1台のiPadを一部の学校に試験的に導入。その後、2015年に全校に展開しました。実にGIGAスクール実施の5年前のことです。

ハードウエアは無事導入できものの、当初はICT機器を用いた授業に慣れない先生や教育委員会から「どう授業で活用すればよいのか分からない」「現場の負担が増す」「Wi-Fiがつながらない」といった悩みの声が寄せられたそう。

そこで、市はiPadの活用にあたり「市、教育委員会、学校、業者が協力し、学校現場や教育現場での積極的な活用を全員でサポートする」「iPadをいつでも、どこでも、誰でも使えるものにする」という方針を決定。現場の声を市が拾い上げて各方面と協議したうえで、学校や教育委員会の負担を最小限に抑えつつ、練り込まれた内容の授業が各校で進められる体制を整えました。

ICT支援員による先生へのサポート体制も整備。ICT支援員を学校に週1回派遣し、先生を対象にした短時間のミニ研修会を実施しています。少人数で開催するので、先生も気後れせず疑問点を質問できるのが評価されているそうです。

さらに、授業でのiPad活用事例を先生が紙やスライドにまとめて各校で共有し、先生同士が支え合う文化ができたといいます。ICTが得意ではない先生も参考にでき、授業の効率化につながったそう。iPadを用いた授業の進め方に苦労するベテランの先生が、若手の先生の事例やアドバイスを参考に改善したケースもあり、「iPadを導入してから若手の先生が自信にあふれ、元気になっている」と伊藤正紀さんは思いがけぬ効果も評価します。

このような取り組みが功を奏し、いなべ市の学校ではiPadが日々当たり前のように使われるツールになりました。「iPadの導入当初、『使うのをちょっとためらってしまう』と面倒に感じていた先生もいたが、現在は『いつでもちょっとでも使いたいな』と意識が変わってきた。この変化こそが、市を挙げてICT機器の活用を推進してきた取り組みの成果だと感じている」と伊藤さんは振り返ります。

変わったのは先生だけではありません。学校で学ぶ子どもたちも、iPadを用いた動画の作成や校外学習での活用、グループ学習など、深い学びにつながる授業を進めたことで、全国学力学習状況調査の結果も向上。さらに、「自分で考え、自分から取り組んでいますか」「お互いの意見を生かしながら解決方法をみんなで決めていますか」といった内容の質問に対しての回答が前向きで好ましくなったといいます。

  • 3年生の国語の授業。日常のどんなシーンでことわざを使うのかを解説すべく、ストーリーのある動画をiPadで撮影していた

  • 台本は児童みずからグループで話し合いながら作成していた

iPadは故障が少なく、すぐ起動する点を評価

このようにiPadを効果的に活用しているいなべ市ですが、GIGAスクール構想の第2期でも引き続きiPadを採用することを決めています。その理由として「故障が少ない」「起動に待たされない」「長く使える設計」「豊富な無料アプリ」などを挙げました。

  • 児童が利用しているiPadには、サードパーティ製アプリを含め、とても多くのアプリがインストールされていた

  • 学校には文字入力用のハードウエアキーボードも用意している

いなべ市では4,000台ほどのiPadを導入していますが、使えなくなったのは全体の1%に満たない34台にとどまるといます。「ほとんどが落下による画面破損で、それ以外のハードウエアの故障はほぼなかった」と振り返ります。GIGAスクール第2期で、文部科学省は破損などに備えて予備機を全体の15%以内の台数で用意するよう定めていますが、その数字を大幅に下回る故障率だったわけです。

  • 教室に備えられたiPad保管用ラック。現在使っているiPadは起動しない、正しく動作しない、充電できないといったハードウエア起因のトラブルはほとんどなかったという

起動の速さに関しては「使いたいのに起動が遅くて授業が進められない、ではICT端末としては失格。そうなると先生も使うのをためらってしまう。iPadは年数が経ってもレスポンスが遅くなることがない」と、長く使っても快適さが変わらない点も評価しました。

GIGAスクール構想の第2期は、国から1台あたり55,000円の補助金が出ます。「この枠の予算で収まる機器で済まそう、という自治体もあるだろう。だが、いなべ市は未来を担う子どもの学習環境の整備を優先する方針であり、補助金を有効活用しつつベストなものを選択することにした」と伊藤さんは解説。市の持ち出しの発生をいとわず、第10世代iPadと周辺アクセサリーの導入を決めました。「第10世代iPadは、何よりストレージ容量が増えたのが非常にありがたい。子どもたちは写真や動画をいっぱい撮るので、残り容量を気にせずに済む」と期待を寄せます。

  • 全画面スタイルを採用する第10世代iPad

いなべ市では、導入したタイミングが早い機材から順次第10世代iPadに置き換えていくそう。児童生徒はもとより、先生たちも不可欠な存在だという認識が広まっているiPadが新しくなることで、深い学びに対する意欲がさらに増すのは間違いなさそうです。